4. ふたたびのカラオケで

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「横浜アリーナの、中島みゆきのコンサートに行ったんだって」 「うん」 「その時に聴いた『春なのに』が、すごく心に沁みたって……」 「……うん」 「柏原芳恵のも好きだけど、みゆきさんのは、どこか一人、遠くで好きな人を想いながら、卒業式の日を回想してる……そんな感じがして、共感できるんだよって、おふくろが言ってたのを覚えてて」 「あぁ……なんか分かる」 「だろ?それでね、CD買って、よく聴いたよ」 「えーっ、みゆきさんの?」 「そう」 「私も!私も持ってるよ、それ」 「まじか!」  不思議な縁だと、美由紀は感じていた。  実際、『春なのに』は柏原芳恵の歌のイメージだ。みゆきさんが歌うバージョンを、語る人はあまりいない。  でも、詞も曲も作ったみゆきさんが歌う『春なのに』には、みゆきさんにしか表現できない世界があると、美由紀は思っていた。 (それを、まさか隼人くんも共感してくれていたとは!)  愛しげに隼人を見つめながら、 「だからあの時、“俺も中島みゆきの『春なのに』が好き“って言ったんだ?」 「うん。でも……」  隼人はそこで、ひとつ息を吸ってから、 「その前に、俺が言った言葉、覚えてない?」 「……?」 「みゆきさん、好きだよって、言ったんだよ」 「あっ……」 (そうだった。そう言われてドキッとしたんだ!)  でも、それは「中島みゆきさんが好き」という意味なのだと、すぐに思い直したはずだった。 「美由紀ちゃん」 「え?」  隼人の呼び声に、我に返って彼を見る。  自ずと見つめ合う。  胸の中の小さな蕾が、急激に膨らむような感覚を覚えた。  そして、隼人がかすかに瞳を潤ませ、美由紀を見つめて言った。 「辻村美由紀さん、君が好きだった。高校時代から」 「……」 瞬間、胸の中の蕾がパッと開いた。  気づかぬようにと、ずっと目を背けてきたわずかな期待が、今、ついに報われ、涙が頬を伝った。そして、 「隼人さん、私も、ずっとあなたが好きでした」  彼の瞳をしっかりと見つめながら言った。その後で、 「恵理さんとは?」  それは、ずっと気になっていたこと。 返事が怖かったが、隼人は首を振って、 「付き合ってないよ」 「えっ……別れたの?」 隼人は、もう一度首を振り、 「初めから、付き合ってなんかいない」 「うそ!」 「うそじゃない。ホントだよ」 「だって……あんなに仲良かったじゃない。それに、昨日だって……」 「いい友だちだけど。それだけだよ」 「……ホントに?」 「本当だ」 「付き合ってるんだって、ずっと思ってた」  泣きそうになりながら言う美由紀を見て、隼人は優しく微笑みながら、 「結婚するんだよ、恵理」 「えっ……?」 「昨日は、仲間内でお祝い会をやったんだ」 (そうだったんだ……)  安堵するもう一人の自分がいた。 「だから……」  隼人が、改めて美由紀を見つめる。その視線を、美由紀が受け止める。 「運命だと思った」 「……?」 「昨日、ここで偶然、再会できたこと」 「……」 「京都で、研究に没頭していたけど、帰省して、偶然君に会えて、君への気持ちを思い出したんだ」 「……私も。運命だと、今なら思える」  二人はふたたび見つめ合う。そして、隼人が言った。 「付き合ってほしい」 「……はい」 「遠距離になるけど、いいのか?」 「うん。大丈夫」  美由紀は大きく頷きながら、 (今すぐではなくても、いつかは彼と一緒に生きていきたい。京都でも、どこでも、保育の仕事はできるのだから)  そう思いながら、心の中で、隼人との生活を描き始めていた。      (完)
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