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第十四話 欲張り
買い出しの日から三日後、私はゆったりとした純喫茶に来ていた。
私が初めて来た喫茶店で、私がカフェを好きになった理由のお店。
そこで、私は頑張ることにした。
きっと、こんな私は欲張りって言うんだと思う。
友達も大事、雪くんも大事。
そんな欲張りな考え事をしてしまう。
でも、諦められないのだ。
恋人ができたからって友達と疎遠になるのが普通な世の中。
だけど、そんなの間違ってると思う。
恋人だって大事だけど、友達だって同じくらい大事だ。
どちらを選ぶとか、どちらかを諦めるとか、私にはできない。
だからこんな強行手段に出てしまった。
そう、私は三人に雪くんのことを知ってもらおうと思っているのだ。
知らないから、嫌いになってしまうのかもしれない。
私はそんなふうに考えたから…
四人より先に私はお店に入って、ホットケーキを頼んだ。
昔から苦いものが苦手な私を気遣って、店主のおじいちゃんが作ってくれる裏メニュー。
私はそれが大好きなのだ。
そのままの流れで、雪くんと三人が来るまで店主と話しをする。
「雪ちゃん、今日はどうしたんだい?ここに来る時は悩んでいる時が多いだろう?何かあったのかい?」
店主はそう、優しく語りかけるように話しかけてくれた。
私はそんな店主が好きで、ここに通っている。
店主が言うように、何か悩み事があるごとに私はここに来ていた。
初めてできた彼氏に振られた時、恋をしないと決めようと思った時、好きな人ができた時…
何も言わなくても、店主は勘づいてくれて暖かく迎えてくれる。
私が泣いてしまっても、ホットココアを出すだけ。
そんな距離感が私には嬉しかった。
必要以上に踏み込んでこない。
相手を尊重している対応が、私の心を守ってくれる。
私は店主にゆっくり話をしていく。
「あのね、恋人ができたの…でも…友達との時間が減っちゃって、どうすればいいのかわからなくなったのね。でも、気付いたの…私が欲張りだって。選びたくない、友達か恋人。選ばないといけなくても、私は選びたくない。
だから今日、ここで話そうと思って…思ってることは言わないと、伝わらないから…」
時々声が震えて、うまく話せなくても…
私は話を続けて行った。
そんな私の話を店主は頷きながら聞いてくれる。
店主は私が話し終わったのを確認して、返答をくれた。
「雪ちゃんは、大変だね…たくさん悩んで…でも、雪ちゃんはすごいと思うよ。君は絶対に妥協しないんだ。相談してくる度に自分のことを知って、解決するために一生懸命行動する。どんな小さなことにも妥協なんてしない。雪ちゃんはそれができる素敵な女性だ。無理せずにいつも通り、進み続けなさい。雨はいつまでも振らないように、曇りは続かない。夜は明けるのだから」
そう言った後、店主は焼きたてのホットケーキを私に渡してくれる。
暖かいココアと共に…
私が後ろを振り返ると、扉を開けた雪くんがいた。
ホットケーキとココアを持って、私は席に戻る。
雪くんも私の後ろをついてきた。
私の隣に雪くんが座る。
先に雪くんに説明しないといけない。
話さないといけないと思うと言えなくなってしまう。
どうしよう…
そうやってパニックになって話せなくなっていく。
話さないと…そう思っている時、店主が雪くんにメニューを持ってきてくれた。
店主は優しい声で雪くんに向けて言う。
「ごゆっくりお過ごしください」
私はその言葉で落ち着いた。
焦らなくても、大丈夫。ゆっくりでも進めばいいのだから…
そう考えながら、私は口を開いた。
「今日は、ごめんね。私のお友達に雪くんを紹介したくて…この前、少し嫌な言い方を友達がした日覚えてる?あの日に、麗歌…あの時途中で話をしにきた綺麗な人に言われたの。いつも悩んでるねって、雪くんと付き合う前も悩んでて、変わってしまう自分に追いつけなかったんだけど…その時、私は変わることに決めたの。
変わったから雪くんと付き合えたけど、変わってしまったから友達と距離ができちゃった気がして…友達じゃなくて恋人を選ぶべきだって分かってる…だけど、選べない、選びたくないの…ごめんね」
そう下を向きながら言う私を雪くんはどう見ていたのか分からない。
私はそれでも話を続けた。
伝えたいことが沢山あるから…私は会話をすることが大事だと知ってる。
だからこそ、きちんと会話をするのだ。
「選べないから、だから私は雪くんのことを知ってもらおうと思ったの…知るからこそ、見方も考え方も変わる。第一印象が大事ってよく言われるけど、第一印象だけが全てじゃないと思ってるから…だから、雪くんのこと知ってもらって、私の考えを伝えたい。言葉にしないと伝わらないから。だから、手伝って欲しい。欲張りな彼女で申し訳ないけど、私は雪くんも友達も好きだから」
言い終わると共に私は雪くんの方を見る。
覚悟はできてなくても、勇気が出てなくても、今の言葉できっと雪くんは分かってくれていると分かるから…
覚悟でも勇気でもない、雪くんへの信頼と愛情からその自信があった。
顔を上げた先の雪くんは光を反射する雪のように、淡くて綺麗な笑顔をしていて…
私の中にあったはずの不安はもうかけらも残っていなかった。
雪くんは席を立って、店主に注文を伝えにいく。
戻ってきた雪くんは向かい側に座る。
そして、目を合わせながら話し始めた。
「先輩のそう言うところ好きです。諦めないところ。周りを大事にしていて、大事なことや物に対しては妥協しない。そこに俺は惚れたんです。いくらでも付き合いますよ!だって、俺も先輩のこと好きっすから」
雪くんはそう、嫌な顔ひとつせず言い切る。
キラキラと輝く、あの笑顔で…
普通ができない私を認めてくれる。
過去も未来も、今も。全部の私を見つけてくれた。
そんな雪くんに安心する。
この人と付き合えて、よかった。私はそう心から思う。
店主がホットコーヒーとプリンを持ってくる。
雪くんは元の席に戻りながら、店主を見た。
「サービスです。雪ちゃんを大事にしてくれて、ありがとうございます。人生は甘くも苦い。その中でも雪ちゃんを見つけて、自分から苦いところに進んでくれた。そんな君にぴったりのメニューだと思いまして…次回も二人で来てくださいね」
店主はそう言ってカウンターキッチンの方へ歩いていく。
今までの私をずっと見ている店主。
だからこそ、プリンをサービスしてくれたのだろう。
私のことを孫のように大事にしてくれているから…
雪くんはプリンを一口、口に入れた。
大事そうに一口一口、口に運んでいく雪くん。
そんな雪くんを見ながら、私はもうすぐで到着するであろう三人に何から話すべきか悩んでいた。
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