第十四話 欲張り

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 昼下がり、柔らかくも冷たい風が吹くのと同時にお客さんが入ってきた。  そのお客さんは私たちの席に一直線に進んでくる。  私は、お客さんたちを見てから息を吐いた。  桜麗たちだ。  三人には、あの日に少しだけ話をしている。  麗歌に手伝ってもらいながら。  やっぱり桜麗は気に食わなさそうにしていたけど、ひよりの反応は良かった。 「桜麗たんはさ、警戒しすぎなんだよ〜大丈夫だって、お話しするだけでしょ?そんなに悪い子にも見えなかったけどな〜雪くん」  そう言うひよりに桜麗はブスくれながら、ひよりの言葉を飲み込んでいる。  いやそうではあるけど、桜麗は雪くんと話をするのを了承してくれた。はずなのだけど…  やっぱりそう上手くは行かない。  桜麗はそれはそれは綺麗な作り笑いをして席に座った。  一番奥にひより、その隣に麗歌で、通路側に桜麗が座っている。  私と雪くんはお互いに目を見て、私から言葉を落とした。 「今日は時間空けてもらっちゃって、ごめんね…付き合った後に、三人に雪くんのこと紹介してなかったなって思って…この前バチバチしちゃったし…この機会に紹介するのもいいのかなと思って」  そう、言う私に麗歌とひよりは頷いてくれる。  桜麗はやっぱり不機嫌で、反応はしてくれなかった。  想定内のことだけど、不安になってしまう。  紹介しない方が良かったのかな…  そう思ってしまって、後に続く言葉が見つからない。  麗歌はそんな私を見て、フォローに入ろうとしてくれた。  その時、桜麗が突然話し始めたのだ。 「雪くんだっけ?君さ、今までどんな恋愛してたんだい?噂で聞くと、思わせぶりばかりしてたようだけど…そんな君に私は雪を預けられない。雪は君のことを大切に思っている。君はどうなんだい?雪のこと本気で好きなのか、私には分からない」  桜麗は冷たい冬の風のように、言葉を吐いた。  私は桜麗の言葉に驚く。  桜麗が人を嫌って、こんなふうに言うことは今回が初めてではない。何度もあったことだ。  だけど、ここまで酷いのは初めてだ。  嫌っていると言うよりも、拒絶している。  そう取れる言い方だった。  何があったのか私には分からないけど、桜麗が言ったことが理由の全てとは思えない。  麗歌が桜麗に何かを言おうとする。  その時、雪くんが言葉を紡いだ。 「まず最初に、自己紹介をさせてください。俺は先輩方の一個下で、霜月雪と言います。雪ちゃんと付き合わせてもらってます。俺は雪ちゃんのことを大事です。だから今日も話に来ました。先輩方が雪ちゃんのことを大事に思っていることも分かっているつもりです。 それに、先輩が心配してるのも知ってました。最近探りを入れられていたことも、俺に一度会いに来ていたことも知ってます。今日は揉めるために集まったわけではないと思います。俺のことが嫌いなのは分かりますが、雪ちゃんの言葉を聞いてください。その後、先ほどの質問にも回答しますから」  雪くんがそう言うと、桜麗は落ち着いたように席に座り直す。  その姿に私と麗歌は驚いていた。  基本、桜麗は嫌いな相手からの言葉は聞き入れない。  気に食わないかららしい…  ただ、雪くんの言葉は聞き入れた。  不思議なことが起こっている。  そう思っている私に雪くんはトントンっと合図をした。  私はその合図を感じてすぐに話を続ける。 「桜麗が言いたいことも分かるんだけど、雪くんも私と同じなの…付き合ってきた人数だけが増えていって、本当に人を好きになれない。自分の意思に関係なく、周りがことを大きくしてしまう。そんな恋愛をしてきたんだって…だけど、雪くんも私と付き合うために変わる努力をしてくれた。そんな雪くんの全てを理解して欲しいとは思わない。でも、知っていて欲しいの…嫌いにならないで欲しい。そんな噂のせいで」  言い終わった私はじっと桜麗のことを見た。  桜麗はきっと、今の説明じゃ分かってくれないと思う。  嫌いっていうフィルターは一度貼ってしまうと上手く剥がれてはくれない。  無理に剥がそうとするともっとくっついてしまう。  だから、今できることは伝えることだけ。  今の状態で分かってもらおうとしても逆効果になってしまう。  それは麗歌も雪くんも分かっていることだ。  誰も何も言わずにただ時計の秒針が動く音がする。  そんな沈黙を破ったのは意外にもひよりだった。 「雪くんは雪のどんなところが好きになったの〜?自己紹介遅れました〜ひよりって言います!!よろしくね〜」  ひよりはいつも通りのマシュマロみたいに話していく。  いいとは言えない空気感の中でも、自分らしさを見失わないひよりの喋り方は少し空気に穴を開けた。  その穴を見逃さないように、ゆっくりと会話のキャッチボールを始めていく。 「そうですね…俺が雪ちゃんのことを意識し始めたのは入学式の日です。雪ちゃんが体育館に行くための渡り廊下に立っていて、俺の方を振り向いて笑ったんです。その笑顔に一目惚れしました。でも、その時は全然好きって感情理解できなくて…気づかないふりしてたんですけど、委員会でもう一度会った時、好きなんだなって気づきました」  雪くんはそう、一つ一つの言葉を確かめるように口に出していった。  私はそれを聴きながら、照れてしまう。  前に一度聞いていても、慣れない。  雪くんの言葉はいつも私を大事にしてくれていて、言葉一つ切り取ったとしても大切にされていることが分かる。  そんな言葉が私は大好きだ。  私が顔を赤くしながら照れていると、麗歌がくすくすと笑いながら言った。 「雪は大切にされているですね…安心しました。桜麗も安心したでしょう?そんな試すようなことする癖、直した方がいいですよ。側から見るとあまり気分の良い物ではありませんから」  麗歌はそう言いながら、桜麗の方を見る。  私よりも桜麗といる期間の長い麗歌は桜麗のことをよく知っていた、はずだ。  だけど、麗歌が今言ったことが本当だとしたら桜麗今すごく恥ずかしいんじゃないだろうか…  自分の気持ちが明るみになってしまって…  そう思いながら、桜麗のいる通路側を見ると、桜麗は顔を赤くしていた。 「麗歌、あんまりそう言うことを言わないでくれ…カッコつけていたのに…」  私は桜麗のその言葉を聞いて、驚く。  今までのあの態度と言い、喋り方とか全部嘘だったってこと?  そう私が色々と考えている間に、桜麗は席を立つ。 「雪。私は付き合っていることに対しては怒っていないよ。ただ、その彼氏くんのよくない噂を耳にすることが多いんだ。だから、確認しようと思ってね…彼がどう言う人間なのか…試すような真似して悪かった。私はこの後予定を入れてしまってるんだ。申し訳ないが、先に帰らせてもらうよ。 最後に、雪くん。雪を泣かせたら、許さない。君のことを全て理解して汲み取ったわけではない。そこは理解しておいてくれ…それじゃあ、また今度」  桜麗はそう言って、店を出た。  やっぱり、桜麗の中での雪くんの印象は悪いまま。  だけど、なんとなく、思った。 「『桜麗は素直じゃない』ですね…」  麗歌も同じことを考えていたようで、私の考えていたことを麗歌が口から出す。  そのままの流れで麗歌も席を立って、言った。 「とても不器用な子なんです。雪のことを私たちの中でもダントツで大事にしている子ですから、雪くんに雪を取られたと怒っている部分がまだあるみたいですね… ただ、私も桜麗に同感なのですが、雪のことをもし仮に君が傷つけたとしたら、その時は君のことを許しません。どんな理由があろうとも…そこだけは理解しておいてください。それ以外は特に私たちは気にしていません。だから遠慮しなくていいですよ。私たちも遠慮しませんが…」  麗歌はそう言って、店主に挨拶して帰っていく。  ひよりはその後を追いかけながら、私たちに言った。 「二人が不器用なだけだからね〜私たちのこと気にせずにこれからも仲良くしてねってことだから〜頑張って〜」  私たちは嵐のように去っていく三人を見ながら、頭にクエスチョンマークを浮かべている。  そのまま、今日あったことを整理していくかのように二人で話をした。  結局、今日の話し合いの結果は単純だ。 『泣かしたら許さない』 『お互いにお互いのことを大事にしていることがちゃんと伝わった』  その二つのみ、結果として残っている。  私たちはその結果を完璧に理解することはできなかった。  それはきっとあの三人もそうだろう。  ただ、変われたと思う。私も雪くんも、三人も。  誰一人として置いてけぼりになることなく、みんなで変われた。それだけは成果として、残るだろう。  友達も恋人もどちらも諦められなかった結果としては十分だ。  私はそう思いながら、雪くんと話していた。
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