第十六話 別れと出会いの季節

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第十六話 別れと出会いの季節

 バックヤードには大きなショーケースがあって、そこにはたくさんの種類のお花があった。  誰でも知っているようなお花から、見たこともない花まで…  大きなショーケースの中でいきいきと輝いている。  そんな花たちを見て、私は雪くんに入れたい花を指差していく。雪くんは私が選んだ花の花言葉を調べていた。  たくさんの花を選んでいく中で、私はどれがいいのか悩む。先輩にあっている花…  そう悩んでいると、雪くんのお母さんが話かけてくれた。 「雪ちゃん。悩んでるでしょう?ブーケを作る時はその人のことを思い浮かべて選んだ方がいいの。花言葉なんて後から考えた方が上手くいくもんだよ〜好きに選んでみたらどう?」  雪くんのお母さんはそう、花を見ながら言う。  私も同じようにショーケースの中を見た。  ショーケースの中には色とりどりのお花たちがいて、私はお花を見ながら考える。  私から見た先輩ってどんな人か…  優しくて、綺麗で、人から信頼されている人。  誰かを貶すわけでもなく、誰にでも真摯に向き合っているそんなすごい人だ。  だけど、完璧ってわけではない。  なんでもできるわけでもなかったし、失敗だって何度もしていた。  それでも、私から見たら完璧だったのだ。  私の尊敬する大好きな先輩。  先輩を思い浮かべながら、ショーケースの中を見ると私がすごく惹かれる花があった。  それは白いバラと濃いピンク色のバラ。  隣同士でショーケースに並ぶ姿は、先輩と私のようで…  私は入学式を思い出す。  その時もガチガチに緊張していた私は、俯いて席に座っていた。  同じクラスに知り合いが居なくて、どうすればいいのかも分からずにいた私に誰かが近づいてきたのだ。  その近づいてきた人こそが、先輩。  先輩は新入生にコサージュを渡す係として、入学式に参加していた。  一人一人に先輩は目を見て渡していたそうだ。  その中、私だけが下を向いていた。  先輩は私を見て、心配になったらしい。  この子はこの学校で楽しくやっていけるのかな。  そう思った先輩は私の肩を叩いて、私にピンクと白の花が付いたコサージュを渡す。  先輩は上を向いた私に笑顔で言ってくれたのだ。 「楽しんで」  私はその時から先輩のことを慕っている。  そのきっかけになったコサージュの花の色だからだろうか、そのお花に惹かれた。  白と濃いピンクのバラを持って雪くんの方に向かう。  雪くんは本をペラペラとめくって、花言葉を調べている。  その時、雪くんのお母さんが驚いた顔で言った。 「それ、直感で選んだのよね…?なんでそれにしたの?」    私はその質問に答える。  先輩と出会わせてくれたのは,この色のお花だったから。  そう答え終わると同時に雪くんがページを捲る手を止めていた。 「先輩、その花たちの花言葉は感謝と尊敬です。白いバラは、尊敬。濃いピンクのバラは感謝です」  私は花言葉を聞いて、驚く。  花言葉を知っていたわけでは全くない。  だけど、私が先輩に向けて思っている感情が現れていたのだ。  尊敬しているし、感謝もしている。  きっとあの時、先輩が話しかけてくれなかったら今もひとりぼっちだったかも知れないのだから。  それに、雪くんにも会えていなかったかもしれない。  図書委員会に入ったのも、入学式の仕事を自ら引き受けたのも先輩に出会えたからだ。  だから、私は先輩に感謝しきれないほど色々なことをしてもらった。  先輩はきっと、大層なことしてないって言うんだろうけど…私にとっては大層なことなのだ。  人生が一変してしまうほどの出会いだのだから…  その後も私は直感で花を選んで行った。  スイートピーにカンパニュラ、チューリップ、かすみそうを机の上に置いていく。  どの花の花言葉も先輩に伝えたいことばかりで、私は心から先輩に感謝しているのだろうと思った。  そのまま、雪くんが軽くブーケを模ってくれる。  私はその様子を見ながら、先輩に書く手紙の内容を考えていた。  外はもう暗くなっていて、街灯がぼんやりと光る時間。  私は雪くんに駅まで送っていってもらっていた。  春の生ぬるい空気が混じった風は、心をモゾモゾさせる。  もうすぐ春が来るのだろう。  出会いと別れの春。  私は今年、出会いと別れを経験した。 「雪くん、私と出会ってくれてありがとう」  今年一年で私が私じゃなくなるほど変わったと思う。  心の中にある感情をこうやって口に出すことも、今年できるようになったこと。  出会えたから、できるようになったことだ。  完璧ではなくなってしまったけど…  見て見ぬふりをして、手に入れた完璧は完璧じゃない。  どちらかと言うと今の方が完璧に近いのだろう。  空を見ながら、そう思う私は返事が返ってこないことを不審に思って、雪くんの方を見た。  そこには茹でダコみたいに顔を真っ赤にした雪くんがいる。  私はそんな雪くんを見て笑いながら、駅に向かった。  今日は卒業式。  私は在校生として、卒業式に参加している。  あの時の先輩と私の立ち位置からいつの間にか変わっていて、送り出す人と送り出さられる人。  色んな先輩との思い出がポロポロと涙になっていく。  クラスメイトと話す先輩が見えなくなってしまうくらい目に涙が溜まっていく。  そんな私に先輩が気づいたのか、近づいてきてくれる。  スカートをヒラヒラされながら走る先輩を見れるのは、今日が最後なんだ…  私はそう思ってしまって、涙が溢れ出してくる。 「も〜雪ちゃん…泣かないで?目が溶けちゃうよ?」  そう言いながら先輩は私の涙を丁寧に拭ってくれた。  私はヒクヒク言いながらも、後ろ手に持っていた花束を差し出す。 「私の先輩になってくれて、二年前私に話しかけてくれてありがとうございました」  私の気持ちが形になった花束。  先輩は私の手を包み込むように、花束を受け取る。  受け取った先輩の目には涙が浮かんでいて、その姿も綺麗だった…  私はポケットに入れていたハンカチを取り出す。  先輩にしてもらったことを真似するように、涙を丁寧に拭っていく。  こうやって、先輩の真似をするのも今日が最後…  前を歩いていた先輩がいなくなって、私が前を歩かないといけない。  そんな義務感に駆られている時、先輩が言った。 「私の方こそ、私の後輩になってくれてありがとう。二年前のあの日、私も変わったの。変われたの…誰かの先輩になるって怖くて、誰かの前を歩くのも怖くてたまらなかったんだよ…だけどね、あの日雪ちゃんに会えて、変われた。あの時雪ちゃんに言った言葉は私に向けて言ったようなものなんだよ。まだこれから先も会えるから…またカフェに行こうね」  先輩はそう言い終わるのと同時に私にハンカチを渡して、ほかのクラスメイトの元へ走っていく。  最後まで、私の目標でいてくれた先輩。  そんな先輩を私は一生追いかけていくと思う。  会えなくなったとしても…  私は先輩に渡されたハンカチを持って、教室に戻った。  今日は自由解散。  私の席から見える外の景色は桜並木。  今年は早咲きらしい。綺麗だなぁ…  そう思いながら、外を見ていたら扉が開いた。 「先輩、お疲れ様です!一緒に帰りませんか?」  扉の先にはいつも通りのあの笑顔で私に呼びかけている雪くんがいる。  私は雪くんの方を向いて、すぐに外を眺めた。  雪くんは段々と私の方に近づいてくる。 「先輩?帰らないんですか?」  そう聞いてくる雪くんに私は外を向いたままで返事をした。 「私の名前先輩じゃない…それに私、雪くんの彼女のはずなんだけどな〜いつになったら敬語じゃなくなるんだろ…」  私の言葉が予想外だったのか、雪くんは驚いている。  そんな雪くんのことなんてお構いなしに私は窓の外を眺め続けた。  雪くんが嬉しそうに笑う。  そして、言葉を紡いだ。 「雪、帰ろ」  私はその言葉を聞いて、振り返る。  雪くんの手を取って扉の方へ走った。  満面の笑みを浮かべて。
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