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第一話 決まりと揺らぎ
毎朝鏡の前に立つ。
私自身に向き合うため…
そんなちっぽけな理由で、私は鏡に映る自分に投げかける。
私はどうすれば、人を好きになれるんだろう。
朝、目が覚める。
毎日のルーティンを文字をなぞるように進めていく。
ロングの髪をふわりと巻いて、制服に手を通す。
ミルクティー色を基調とした制服は、近場の公立高校の中では可愛い方だ。
私はこの制服に手を通すために中学時代、とても苦労した。
その努力のおかげで、今では有名高校の上位に居座れている。
昔の私には感謝しても仕切れない。
午前七時三十分、私は家を出る。
通学のために利用する駅までの道のりを、寄り道せずに進んでいく。
恋愛漫画のようなロマンチックな出会いなんてないまま、私は電車に乗り込んだ。
高校入学の祝いでもらったワイヤレスイヤホンで音楽を聴く。
有名なラブソングだけで構成されたミックスリスト。
私には程遠いような恋愛について唄う曲を聴きながら、電車に揺られた。
こんな恋がしたい。
そんな風に私は今日も恋に恋する。
二ヶ月前から二階になった教室。
一学年上になったという実感を感じながら、私は教室に入る。
教室内はいつもと何も変わらない。
賑やかな街中のような雰囲気だった。
私はいつメンが居る窓際の方へ向かっていく。
「おはよう」
そう言うと皆んなが返してくれる。
今の話題は考査について。
七月にある期末考査についての情報共有をしていた。
ここが出て、ここが出ない。
そんな出どころ不明な情報を私たちはメモしていく。
すると、グループ内が騒がしくなった。
いつメンの一人である、万鈴の好きな人が登校してきたからだ。
マズイ…
そう思うより先に言葉が発せられる。
「万鈴の好きな人来たよ。話しかけに行かないの?」
「そんなの無理だよ…怖いもん」
「行きなよ〜ちょうど人もいないしさ」
万鈴は顔を赤らめながら答えていく。
私も万鈴みたいに人を好きになりたい。
そんな事を考えているうちに万鈴は連れて行かれた。
あ、私の嫌いなアレをやってる…
人の恋愛にズカズカ入ってくるあの行為。
それが私にとって、重たい鎖のように纏わりついてくるのだ。
恋愛は本人と相手が駆け引きをして結ばれるものだと私は思っている。
というか、私はそんな恋愛をしたい。
でも、毎度友達に急かされながら恋愛をしてしまう。
これをしないといけない。
そんな義務化した恋愛なんてしたくないに決まっている。
友達自身にはきっと悪気なんてかけらもないのだろう。
ただその善意が私には重たい。
恋愛は楽しんだもん勝ちだと言う。
私は多分、楽しめてないから恋愛に負けてしまうのだ。
そんな事を考えているうちに、皆んなが帰ってきた。
わいわいと楽しそうに話している。
いつも話題はループしていて、話す順番も変わらない。
万鈴の好きな人からみんなの現状報告。
最後にメインディッシュとして私の恋愛について話す。
今日もいつも通り私の番がくる。
私は自分の心を騙すように言った。
「もう恋愛はしたくないな…失敗するの怖いし…
振られたくないし…」
そうやって自分とみんなを騙す言葉を吐く。
どうしたって、うまく行かないのだ。
もう、やりたくない。そう思っても可笑しくないだろう。
友達が助けてくれた。その事実は嬉しい。
ただ、失敗するたび皆んなのせいにしてしまう私自身が嫌いで仕方がないのだ。
だからもう恋愛はしないとみんなに向かって宣言する。
こう言うとみんなも心配して、必要以上は踏み込んでこない。
新しい恋ができると良いねなんて言って。
ちょうど、皆んなの近況報告が聞けた頃チャイムが鳴る。
私は窓際の自分の席に着いた。
校門から伸びる一本道は誰も通っていない。
そのはずが、そこには頑張って走っている男の子がいた。
頑張ってる…
私はそう思いながら窓の外を眺めていた。
昇降口前になった時、男の子はこっちを見て笑う。
え…??
私の心臓は何か悪い事をしている時のようにドキッとした。
見たこともない男の子。
まだ幼さが残っていたから、きっと一年生なんだろう。
わざわざ上を向いて、笑った。
こんなんじゃ、決意が揺らいでしまうじゃないか…
好きって単純で複雑だ。
この熱った顔は恋からなのか、はたまた見てはいけないものを見たからなのか。
私には分からなかった。
昼休み。
私は珍しく少人数で過ごしていた。
親友三人と久々に話す。
いつメンだとすぐ恋愛に話は行ってしまう。
だけど、この三人と話すときは肩肘張らずに話せる。
他愛もない話ばかりが飛び交うこの時間。
いつでもこの時間が過ごせるわけではない。
三人でいることは珍しいのだ。
ゆっくりと時間が過ぎていく。
ずっとこの時間を過ごしていたい。
ただ、そんな幸せな時間には制限がある。
急に教室の扉が開かれた。
私はいつも、振り返らないのに、振り返ってしまう。
朝のことがあったからなのだろうか。
そこには幼い顔をした男子がいた。
後輩に当たる一年生が用事があって、教室に来たようだ。
朝の男の子ではなかった。
私は少し期待してしまっていたのかもしれない。
恋愛はもうしないなんて誓ったのに…
私は切り替えるために三人の方を向いた。
三人は教室に来た後輩を見て、自分のとこの後輩について話し始める。
今年の一年生はどうか、なんて品定めをするかのように噂話を並べて行く。
特段変な噂や問題事は起きていないらしい。
もう一度扉が開かれた。
あの後輩くんたちは帰ったようだ。
私は今度は三人と話を続けていた。
すると、名前を呼ばれる。
振り返った先には先輩がいた。
図書委員会の美委員長。完璧美女。
そう呼ばれる先輩はとても美しい。
芸術作品のように整っている。
成績も日常生活も、全てにおいて完璧な先輩。私の将来像。
そんな先輩が私の名前を呼んだ。
「雪ちゃん、お疲れ様。今日は一年生の歓迎会をするので、帰りが遅くなります。親御さんにご連絡よろしくお願いしますね。そんなに遅くなることはないと思いますが…」
先輩は物腰柔らかく、私に伝言をしてくれる。
私はいつも通り、ふんわりと笑って返事をした。
連絡事項を伝え終わると先輩は「では放課後」と言って、教室に戻って行く。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という言葉がとても似合う後ろ姿。
そんな先輩の後ろ姿に憧れる。
私も先輩みたいになりたい。
入学式の日、憧れの制服を着て、私はガチガチに緊張していた。
そんな私にコサージュをつけてくれて、「楽しんで」と言ってくれた先輩。
私はその時から先輩に憧れている。
いつか、先輩の横に立つ。
それが私の今年の目標なのだ。
だから、まず一歩目として、自分の後輩には優しく接する。そう決めたのだ。
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