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カニムシみたくひ弱な手足になっていないので、外に買い物に出掛けた。塾講師の様なずぶ濡れた腹になっていないことを見留め、昼飯も調達しよう、と決意した。
近所のイオンモールは坂道の中腹にあるので、傾いていた。店内は見たことがあるような顔で溢れていた。
花束とピザパンを抱え、曇り空の下を歩くと、運命的な出会いが待っていた。
今どき珍しい、ペールピンクのガラケーを閉じたことを確認し、勇気を持って話し掛けた。
「あの……突然すみません。もしかして、ラジオパーソナリティの坂本さんですか?」
「ヘ?」
「"ヘ"じゃ分かり難いな〜」
僕は前髪をかいて、挑発的な態度に見られないよう努めた。
「"ヘ"じゃ駄目なんです。"ア"とか言ってもらわなくっちゃ、"ベ"や"ペ"も相応しくない!」
相手の方は、かなり後ずさっていて、靴底の摩擦から今にも、新鮮な陽炎が立ちそうな工合だった。
「イヤ、恐ラクアナタハ獰猛ナ間違イヲシテイマス」
僕の耳に間違いはない。毎週金曜日の声だ。
「それ。そのカタカナの混じった浮遊感のある声――口説いている訳じゃないんです!正しくそれが、根拠です」
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