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第11話 終末世代の恋愛争奪戦
「…ふぅん。じゃあ二人は、もともと旅立つ前からの知り合いじゃなくて。途中で出会って意気投合して、同行することになったって仲なんだね」
夕食後、ロビーとして開放されてる大広間で。今日たまたまわたしたちと居合わせて初めて顔を合わせたばかりのその女の子は、何の気なしに交わした時間潰しの世間話の内容にふと興味を覚えた様子でこちらを改めてつくづくと二人を見較べた。
彼女と向き合ってるわたしから少し離れたところで、備え付けの共用の本を何やらぱらぱらとめくってるアスハはといえば。こっちに顔も向けずに僅かに肩をすくめただけで、特に何か反応を返す気はない様子。
最近はだいぶ話しやすくなってたから忘れてたけど、もともとは人見知りというかよく知らない相手にまで愛想を振りまく習性がないというか。そういえばこういうやつだった、と久々に思い出す。
わたしまで黙ってるとまるでその子が持ち出した話題を二人してスルーしたみたいになるから、慌てて行き当たりばったりでもいいから適当に話を合わせようと努めた。
「うん、そうなんだ。わたしはここからそんなに遠くないあの山の中にある村の出身。あの子はもっと遠くから来て、冬の間うちに滞在してたの。うちの村はそもそも、子どもが旅に出るって習慣があんまりない地域なんだよね」
「ああ、…食べるのにそんなに困ってない土地柄かぁ」
自分で食い扶持稼ぎなさいとか、結婚相手自力で見つけろとか。割と暮らしに余裕がない共同体だとそういう方が普通だよね。とちょっと思うところのある風な表情になった。
親から追い出されるわけでもないのにあえて自分から旅に出ようなんて、ある意味おめでたいというか。いいご身分だなとか思われて微妙にヘイトを買うと嫌なので(好むと好まざるに関わらず故郷を出るしかなかった人からしたらまあ、そうなんだけど)、少しでもわたしたちに対する感情を和らげようとここでアスハを盾に押し出そうとするわたし。
「でも、この子の実家の辺りは旅の習わしありだよ。それでうちに滞在してるときにいろいろ話聞かせてもらって。わたしも広い世界を見たいなぁと影響されて、頼んで同行してもらってるんだ。やっぱり経験値が全然違うし世間をよく知ってるから助かってる。旅の習慣がある土地の子ってしっかりしてるよね。将来十五とかで村を出なきゃいけないって見通しがあるから、早くから精神的に自立するとかさ」
どさくさに紛れて旅の子たち全般を持ち上げて、少しでも彼女のそこはかとない敵意を逸らそうと仕向ける。
その女の子は上手い具合に話の内容に心を動かされたみたいで、目の前のわたしから横でクッションに背中を預けて無表情に本を読み耽ってるアスハの方へと視線を移した。
「そうなの?…そしたらわたしとおんなじだよね。アスハくん、って言ったっけ。出身どの辺?もしかしたらわたしの生まれたとこから近いかも。わたしはね、☆☆県の。××市ってところで…」
「…ん」
直に話しかけられてもアスハは曖昧な声を短く出しただけで、本から顔を上げようともしない。わたしは急いで横から口を挟む。
するとほぼ同時に『彼と二人で話す話題がようやく見つかりそうなのに、この子ったら余計なことばっかり…』と彼女が内心でちょっと忌々しく思うのがちらと見えて、ああやっちゃった。とずんどこに後悔しながら、でも既に動き出した口は止められず。
「この人はね、◯◯県の出身なんだよ。うちの村に着くまで半年くらい一人で旅をして来たんだって。…話が合うかもね、二人。そこまで同じ経験をして来たわけだから…」
何とかこの女の子と友好的な会話を成立させてほしい。と願うあまり若干無理やりな話の振りを最後に付け加えてしまった。
実際には彼女の出身である☆☆県はアスハの出て来た◯◯県とは全然違う方向だ。近いか、と言えばそうではない。
だけどどっちも(おそらく)山がちな地形だし。
子どもを旅に出して食い扶持を減らす系の文化がある場所の出身同士なら、おそらく共通する特色だって探せばあるだろう。まあさすがにアスハの集落ほどとんでもない極端な地域性はそうそうないだろうが。
それでもここまでお互い単独で長いこと旅の困難を乗り越えてきた者として、実際に話してさえみれば共感とか親しみとかが全然湧かないとも限らないし。ここはせっかくだから、アスハにも同年代と広く交流を経験してもらえれば…。
なんて、単にわたしのセンサーが。さっきから否も応もなくその女の子が、アスハに強い関心があるのにどうにもわたしの存在が邪魔で仕方なく、ちょっとの間でいいからしばらく彼の隣から退いててほしい。としきりに圧をかけてくるのをやむなく無視しきれなくなった。ってのが実際のところなんだけど。
わたしはアスハの肩を軽く小突いて彼女の方へと注意を促し、出来るだけさり気なくその場から離れた。
大広間は宿泊してる旅人たちの交流の場として開放されていて、夕食を済ませた今の時間帯には話し相手を探したりそこに置かれた本を読んだりして時間を潰そうとする旅の子たちでいっぱいだ。
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