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なるほど。
それは。そうかも…。
カザマさんの意識の中ではあくまでも暇つぶしの雑談に過ぎず、言いたいことだけ言って気が済んだらあとはすっかり話題も変わっていった。
わたしたちが持ってきたはちみつのこととか、ゲストハウスの困った客たちの言動についての愚痴なんかを気まぐれに言い散らしたあとにふとアスハがさっきの女の子と離れて立ち上がったのを見定めて、じゃあね。と手を振ってあっさりと去っていく。
急ぐでもなく、のんびりとわたしの方へと歩み寄ってくるアスハの表情を見てると直前までこっちが見知らぬ男と一緒にいたのを特にどうこう思ってる様子はない。まあ、相棒とはいえ実際恋愛感情もなし将来の約束もなしなんだから。何の感慨もないって言われればそりゃそうなんだけど。
「…そろそろ。部屋戻る?」
「うん」
それだけ言い置いて、わたしの短い返答を聞いたか聞かないかのスピードでさっさと背中を向け、振り向きもせずにすたすたと大広間の出口へと進んでいく。
そういえば、さっきの女の子は。と気になって広間を出る前にちらと振り向いて見ると、立ち上がってお茶の薬缶の方へと移動しているのがわかった。まるでこっちの視線に気がついたみたいに顔を上げ、じっとわたしの方をまっすぐに見返してくる。
これだけ離れてるとさすがに内心の声は聞こえない。けど、聞こえなくてよかった。と感じさせるような何とも言えない目の色だった。
「…あの女の子…」
放っといていいの?ちゃんとまたね、とかおやすみ。って挨拶して離れてきた?と尋ねかけ、その先を呑み込んで言葉を切る。少し先を歩いてたアスハにはよく聞こえなかったらしく、こちらを振り向いてちょっとだけ眉を上げて短く問い返してきた。
「ん?」
「いや。…別に何でも」
余計なお世話か、さすがに。
そう考えて言いかけてた台詞を濁し、そこで会話を終わらせた。
わたしはこいつの保護者でも教育係でもないし。いい歳して個人的な対人関係について横からお節介に口出されるのもストレスだろうな。
この接し方が原因でアスハが女の子から恨みを買いでもして、ストーキングされたり刺されたりしてもそれはそれで自業自得だし。すげなくされて逆恨みする子だっているんだよ、なんて言わずもがなのお説教、わたしだってしたいわけじゃない。
そう思って彼の女の子への接し方をいちいちチェックしたりアドバイスするのは止めにした。
だいいち、わたしだってアスハと離れてる間ずっと別の男性と過ごしてたのにそのことについてこいつは何も言わないじゃないか。なのにこっちだけうるさく口出しして来た、と思われるのは癪だ。
カザマさんと話してる間もずっと、心配してアスハとあの女の子のやり取りの様子を遠くから観察してたなんて受け取られたら困る。たまたま先方が話題に持ち出してきたからちょっと視線を向けただけだ。それ以上深い意味もないし特に何の感情もない。
わたしたちにあてがわれた個室は二人部屋だ。同年代の男女だけど同室でいいのか?とかも特に受付で問われなかった。
恋人同士や婚約者、あるいは逆にきょうだいとかなら何の問題もないし。そもそも十五なら早ければ既に結婚してる人たちもいる年頃だ。
仮に行きずり同士で関係を結ぶとしても、お互い同意があるなら誰からも咎められることはない。未成年は性交しちゃいけない、とかそういう法律も常識も既にないし。そもそも恋愛感情なしの行きずりでセックスしようなんて物好きがほぼ存在してないんだから、誰もそんなこと心配しない。
アスハもすっかりこんな状況に慣れて何も感じていないらしく、おやすみとだけ言い置いてさっさと片方のベッドに潜り込んだ。
どっちのベッドにする?も何もないのか。まあ、ただの無骨な木製の寝台でカバーも布団寸分違わぬもおんなじデザインだし。仮に尋ねられてもどっちでもいいよ、としかこっちも答えられないんだが。
何となく釈然としない気持ちでわたしももう一方のベッドに身を横たえ、アスハの方に背を向けて目を閉じた。
さっきカザマさんに言われたようなこと、アスハに切り出してみようかな…と話してるときには思わなくはなかったんだけど。今夜のところはとりあえず言い出しそびれてしまった。
あの男の人って受付にいた人?ましろに何の用事だったの?とか何とか、雑談でも振ってくれたらいいきっかけになったんだけどな。とか、何でもかんでも相手のせいにするのはよくない。それは自分でもわかってるんだけど。
だけど、当たり前のようにこっちを振り向きもせずにすたすたと宿泊室へと進み、さっさとベッドへ潜り込んでしまった彼を引き留めてまで切り出すことがどうしてもできなかった。何でもいい、ちょっとでもこっちに顔を向けて目を合わせてさえくれればタイミングも測れたと思うんだけどな。
…まあ、そこまで急ぐような話でもないし。とわたしは頭の中でその件に見切りをつけた。
アスハはともかく、わたしは誰からも口説かれたりターゲットにされたわけでもない。
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