1人が本棚に入れています
本棚に追加
それでも一人で過剰な量を抱え込んだり、偏った食材だけを独占したりする弁えのないやつはいないのは大したものだ。
現代の子はとかく何事に対してもがつがつしてないので、教育機会が充分なわけでもないのに比較的お行儀がよくて民度がいい。
まあ、食べたいものがなくなっててもお腹空いたって訴えれば何かしらは出してもらえるってわかってるからな、こういうところは。利益出すために運営してるわけじゃないから、選り好みしなければ食べるもの自体は足りてる。そこを承知してるからみんなぎすぎすせずにおっとり構えてるってことはあると思う。
富や実りを独占しないでその場にいる人たちでとりあえず分け合うってマインドは大人子ども問わず浸透してる。おそらく昔と違うのは、貨幣経済が壊滅してるせいだ。
実ったものや収穫したものは個人で欲張って貯め込んでても、どうせ消費しきれず悪くするだけだ。今の世の中がとりわけ豊かってわけじゃないが、少なくとも人口は昔に較べて激減してる。
だから少なくなった人間同士で足を引っ張り合うことまでしなきゃならない状況じゃない。それよりは助け合ってあるものを皆で分け合う方がよほど生存戦略として合理的なんだ。って知見が自然と行き渡ってるのかもしれない。
幸い、比較的早起きな方だったのかわたしたちが食堂に着いたときにはまだ炊き立てのご飯が充分にあった。温かいお味噌汁と生卵があったのも嬉しい。大根の漬け物も添えて、卵かけご飯で朝食。
廃墟の空き家やテント泊のときには望めない贅沢な食事だ。テーブルにアスハと向かい合わせに就いて、うきうきと箸を取ったとき。背後から不意に声をかけられて一瞬ぎょっとなった。
「…アスハくん。おはよう」
てか、声をかけられたのはわたしじゃない。振り向くと昨日のあの女の子が生真面目な表情を浮かべてせかせかとこっちに近づいてきていた。
相変わらずスタイルがいいな、とその姿全体が視界に入るのでつい全然関係ないことをぼんやりと考える。彼女は意外にも特にわたしに対して思うところはないみたいで、敵意のない声でましろちゃん、だっけ。おはようとこっちに対してもちゃんと挨拶を済ませてから改めてアスハの方へと向き直った。
「あのね、今いい?バックヤードでドアが壊れちゃったみたいで。カザマさんが男の子いたらちょっと呼んできてって。手伝って欲しいんだって、直すの。すぐ終わるから…」
カザマさん?と小さく呟き首を傾げつつもとりあえず立ちあがろうとするアスハ。わたしはそっと声を落として彼に教えた。
「昨日、大広間でわたしが一緒にいた人。ここの運営の…」
「わかった。ましろは先に食べてていいよ」
そう言い置いて席を立つ。ごめんね、ましろちゃん。ちょっと彼借りるねとわたしに告げて彼女もアスハと一緒に去って行った。いや、あんたも行くんかい。
まあそうは言っても、どこでカザマさんが待ってるのか教えてもらえないとアスハにはわかんないもんな。と気を取り直し、再び箸を持つ。
女の子は何人いても力仕事にはお呼びじゃないのか、わたしには声がかからなかった。それでも野次馬的に一緒について見に行けばよかったかな。
でも、いかにも必要ないって感じで置いていかれたし。ここに食べかけのご飯のトレイが二つ人のいない状態でぽつんと残されてたら、片付けていいかどうか食堂の人も迷うだろうしなぁと思うと。やっぱりわたしはここにいた方がいいのかなって…。
「あの。…隣、いい?」
油断してるところに急に見えない方から声をかけられて、跳ね上がりそうになるのは今日二度目だ。まだ起きてきたばかりの朝のうちだって言うのに。
聞いた覚えのない声だ。男の人だな、と振り向くと背の高いがたいのいい男の子がトレイを手にしてわたしを見下ろしていた。
隣にそれを置こうと屈んだとき、充分に距離が縮まったからか彼の内心の声がそこでようやくはっきりとこちらの脳内に伝わってきた。
『やった。ようやくこの子が一人でいるチャンスが巡ってきた。昨日は横からあのおっさんに入られて、隣に座り損ねたからなぁ…。さあ、頑張るぞ。俺のことをしっかり印象づけて、あ、まずは。名前訊かなきゃ…』
わたしの返答を待つまでもなくしっかり隣に座り込んでにこにこと満面の笑みを向けてくるその子に戸惑いの目を向けつつ、昨日のカザマさんからの注意を頭の中で反芻してた。
なんか、これって結構やばそう。ああ、次から次へと面倒なことが。…前途多難…。
最初のコメントを投稿しよう!