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第12章 猟犬の視界に入る
がたいが良くて見るからに気の良さそうなその男の子が、前のめりな姿勢で次々と話題を見つけては何かと話しかけてくるのにもすっかり押され気味なわたしだったが。
実は一番参ったのは彼の内心の声がそれよりも圧倒的にすごい勢いで、会話の間もずっとわたしについて思いつくままに絶え間なく何事かを呟き続けてることの方だった。
『やっぱ可愛いな。遠目に見ててもいいなぁと思ってたけど、こうやって近くで見るとイメージしてたよりもっとずっと小柄だし。顔もちっちゃくて肌がすべすべしてる。この感じ、俺が考えてたよりもしかして若い?…え、下手したらまだ十四歳くらいか?』
いえそんなことは。…もうすぐ十六です、自分が標準よりもガキっぽく見えてるのはそりゃ重々承知ですが。
と、反射的に声に出して受け応えそうになりぐっと意思の力で抑え込む。久しぶりにアスハ以外の人間と話すと、こういうところが実に面倒だ。
村にいた頃はちゃんと気を張ってて、他人の心から直に読み取った内容については反応を見せないように常に用心を欠かさなかったのに。しばらく楽をしてたらあっという間にそれに慣れて、人の心の声なんか聞こえないのが当たり前になってしまう。
生まれたときから時間をかけて何とかここまで順応してきたけど。やっぱり口にしない他人の考えが自動的にわかっちゃうなんて、不自然だし全然普通のことじゃないんだよな。と改めて心の底からしみじみと実感する羽目になってしまった。
その間も彼のせわしない独り言のような呟きは、怒涛の勢いで脳内に次々と湧き上がってきている。一方で同時に口からはわたしに対する質問や問いかけが立て続けに投げかけられてるからややこしい。
どれが言葉にされたもので、どれが彼の頭の中だけの呟きか。落ち着いてきちんと見極めて慎重に返答を選ばないと、ん?と先方に違和感を覚えさせることになりかねない。
「そうか、ましろちゃんっていうんだ。旅に出てまだ日は浅いの?実家はこの近く?俺はね、もう出発してそろそろ一年になるかな。今年の夏が来たら十七歳だよ。出身はここからちょっと離れた北の方の♢♢県で…」
『あの男とは結局どういう関係なのかな。二人同じ部屋に泊まってるからカップルなのかと思えば特にそんな雰囲気でもないし。昨日も広間で別々の相手とそれぞれ楽しそうに過ごしてたからなぁ。…きょうだいには見えないけど、いとことか。子どもの頃からずっと一緒に育った幼馴染みとかかな?それぞれ旅の中で結婚相手を探すつもりなのかも。だとしたら大変だ、他の男が目をつける前に。俺の印象をばん、と強めに植え付けておかないと…』
いやいやそんな…。大丈夫です、間に合ってますってば。今のところ。
同時に彼の脳内にぱぁ、と広がったほわほわのあったかい風景までまざまざと見せつけられて閉口する。
空想上のその世界ではわたしがにこにことまだ生まれたてらしき可愛らしい赤ちゃんを抱っこしつつ両隣に男の子と女の子を侍らせ、みんなで幸せそうにこっちに向けて手を振ってた。
子どもたちはわたしにそっくり。でもうっすらと今、わたしの隣に座ってるその人の面影もあるような…。どうやら彼の両親らしい年配のおじさんおばさんや妹?姉みたいな人にも囲まれて、みんなで和気藹々としてる。うん、そういう未来が理想なわけだね。
そのうち場面は展開し、わたしと彼とのほんわかほのぼのな毎日の生活。一緒に畑を耕したり子どもたちの世話をして、夜は二人でリビングで向かいあって静かにお茶を飲み、にっこりと微笑みを交わし合う。…そりゃまあ幸せそうだけど、いや、早いって。早すぎるよ展開。
わたしのこと何にも知らないし、今ここで初めて話すってのに。いきなりハッピーな結婚生活の妄想されてもさ…。彼の頭の中の新妻なわたし、どう見ても美人度が実物よりもほんのりと上昇してるし。
彼の目がちらちらとわたしの顔や姿を確認するけど、それでも妄想の中のわたしの美人度は下がらない。むしろ、きらきら輝くエフェクト足されてるような。いや、どんな非現実フィルターかかってるんだ。現物をそのまま直視しろ。
それでも、絵に描いたような理想の温かな家庭にわたしを当てはめてるだけの範囲にちゃんと想像はとどまってる。心の中でだけとはいえ、エッチなこととか性的な方向にむらむらと妄想が捗ったりはしてないのは助かる(他人が想像するあんな自分を見るのはかなり酷いダメージを心に受ける。正直もう二度とああいう目には遭いたくないものだ)。
けど安堵するのと同時に、やっぱりこの人もわたしをそういう欲求の対象として見るよりも先にまず、人生の伴侶を何とかして確保しなければ。って必然性にどうしようもなく駆られてるんだろうなぁ、とつくづくと納得してしまった。
わたし自身に興味があるとか仲良くなりたいとかいう動機より、とにかく誰でもいいから女の子と知り合って結婚して家庭を持たなきゃ、子孫残さなきゃ。ってプレッシャーで動いてる面が大きいんだろうな。
だから子作りの生々しい現場とかまでは思いが至らず、その辺の過程はすっ飛ばしてさらに先の幸せだけを思い描いてる。
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