第12章 猟犬の視界に入る

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多分、この人も十七歳になったとはいえ。まだ女の子とセックスがしたいとか身体に関心があるとかいう段階じゃないんだ。 だから昔の少女漫画の読者みたいに、素敵な奥さんと可愛い赤ちゃんや子どもたちに囲まれた愛に満ちた家庭。なんて、まるで絵に描いたような理想のめでたしめでたしを思い浮かべるまでで精一杯なんだろう。 昨日大した実感もなく、カザマさんから何となく一方的に聞かされただけだったあの話。それが今になってやけに迫真のリアリティで心に迫ってきた。 彼ら旅の子たちの多くは結婚して所帯を持って子どもを作らなきゃいけないと思い詰めてるけど、そういう行為を実際にしたいっていう衝動や欲求はほとんど持ち合わせてない。だから少しでも自分が好きになれそうな、異性として好ましいと感じる相手に目をつけては自分のものにしようと躍起になる。 好みのタイプとならもしかすると恋愛になるかもしれない。 そして、恋に落ちさえすればきっと欲求はあとからついてくる。そう信じて、特に性的には惹かれてなくても外見や雰囲気や話し方や態度が直感的にびびっと来るたびにわっと押し寄せては突進していくんだ。 今わたしの隣で満面の笑みを浮かべて夢中で次から次へと話題を持ち出して盛んに喋りまくってるこの人みたいに。 耳から来る情報と脳内にダイレクトに伝わってくる声を何とか仕分けて、片方にだけ集中して聞こえてるはずのない部分を何とか無視して意識の外に追いやろうと苦心惨憺してたら。そっちの作業にばかり気を取られ過ぎて、いつの間にかアスハたちがテーブルの反対側に戻ってきてるのに気がつくのが遅れた。 アスハの隣にはちゃっかり、自分の分のトレイを持ってきたあの女の子が座って何事かしきりに話を振りながら一緒にご飯を食べてる。アスハは特にうるさがる風もなく、そこはかとなく頷いたりしながら話を聞いてあげてるようだ。 昨日に較べると幾分か接する態度が和らいだような気がする。昨夜の段階では単に通りすがりの見知らぬ相手でしかなかったけど、さすがに一緒に作業をしたあとは知り合いの一人としての箱に彼女も無事収まった。ってことなのかもしれない。 わたしの隣の男の子が絶えず盛んに話しかけてくるし(もちろん、その脳内では相変わらず『可愛いなぁ。やっぱ可愛いよな、この子』との浮かれた絶賛のコール付き)、テーブルの反対側は案外距離があって肩を寄せて話しかけてる彼女とアスハがどんな会話を交わしてるかもわからない。自然と何となく、別々の二人連れといった趣きになってしまうのは致し方なかった。 ふとそこで、アスハの隣の彼女が急に立ち上がる。どうしたんだとびっくりしてそっちに視線をやったら、彼女のトレイの上の皿やお茶碗はきれいに空っぽだった。 きっと極端な少食なのか、それとももしかしたら爆裂に食べるのが速い子なのかもしれない。彼女はアスハを見下ろし、まだお茶碗にご飯が残ってた彼を当たり前のような顔してさっさと促した。 「アスハくん、食べ終えたら厨房ね。さっきカザマさんが言ってたでしょ。お皿洗いとお昼の支度、わたしたちに手伝ってほしいって。…さ、早く行こ。ましろちゃん、悪いけど引き続きこの人借りるわ。職員の人にお仕事頼まれちゃって、わたしたち。朝ごはん終わったら来てって」 「そうかぁ、だったら俺たちはその間に洗濯でも済ませとこっか。ましろちゃんの分も手伝ってあげるよ、俺」 アスハが何か言うよりも先に、わたしの隣の男子がうきうきと前のめりに横から口を挟む。 洗濯は当然手洗い手絞りだからなかなかに重労働で、小物はともかくシーツや布団カバーなんかは誰かと協力して絞る方が効率がいい。それは確かなんだけど。 「あ、でも。…わたしたちがここに到着したのは昨日だから。さすがにまだシーツは洗わなくていいと思う。身の回りのものくらいなら一人で大丈夫だよ、今日はそんなに大物は洗う予定ないし」 特に抵抗もせず彼女に従って席を立つアスハを横目で見ながら、わたしは急いで隣の男の子に対してそう請け合う。下着や肌着は洗いたいけど、そんなのよく知らない人と一緒には洗いたくないし。アスハになら今さらって感じで、その手のもの洗ってるとこ見られても何とも思わないんだけどね…。 けど、その言外の意図に気づかないのかそれともあえてのスルーなのか。彼はわたしを引き留めるように手で制する素振りを見せ、急いで自分のお茶碗からご飯をかき込んだ。 「じゃあ、俺のシーツ洗うの手伝って。前回は同部屋のやつと一緒に協力して洗ったんだけど、そいつこの前ひと足先に旅立っちゃってさ。俺が布絞ってる間に反対側を持っててくれるだけでいいんだ、全然力は使わなくていいから。正直一人でこれ洗うの難しくね?ってちょっと、途方に暮れてたんだよね」 立ち上がって彼女のあとについて行きかけるアスハがちら、と特に感情のこもってるようにも見えない視線を一瞬こちらに投げかけた。
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