第11話 終末世代の恋愛争奪戦

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わたしはここを運営してる人たちがサービスで置いてくれる薬缶のお茶を一杯もらおうと広間の隅に置かれたテーブルの方へと足を運んだ。 天野さんの農場を出発してから二日後。わたしとアスハは、山のふもとにある旅の子向けの共同宿泊施設に来ていた。 村にいる頃にもアスハから聞かされていたけど、旅の子が泊まれる場所として世間には結構いろいろな種類のものが存在してる。 テントを張った野宿の他にも空き家に入り込んで勝手に泊まる、親切な人の家に泊めてもらう。などの他に個人が経営してる旅館や、今わたしたちが滞在してるこういう若者向けのゲストハウスなどがある。 大昔でいうと『ユースホステル』ってやつが一番近いんじゃないか。ということらしいけど。 日本中さまざまなところに似たようなものがぽつぽつと存在してるんだそう。話に聞くと、旅館との違いは個人の持ち物じゃないこと、基本的に泊まれる客は旅の若者に限られてるってこと。 あとはこの手の施設の共通点として、運営は複数人が共同でやってることが多いらしい。そういう人たちは大概、今ではもう大人になったけど過去には自身も旅を経験してそこに定住した、元旅の子なんだとか。 「俺も若いときに旅の途中でいろんな人に世話になったし、手助けしてもらったしさ。あと、当時にこういうのあったら助かった!って思うことをなるべく取り入れてるよ。そういう意味では経験が活きてるよな」 このゲストハウスを訪れたとき、受付をしてくれた二十代半ばくらいに見えるお兄さんはわたしたちを部屋に案内してくれながらそんな風に自己紹介してからっと明るく笑った。 わたしが見た限りではどうやら三人くらいの大人の人が、ここに常駐して全体を采配したりこまごまとした部分に目配りしてみんなの世話を焼いているようだ。 もともとは多分、廃棄された元ホテルか会社か学校の研修所みたいなところに旅の子たちが入り込み、自然発生的に入れ替わり立ち替わり泊まってゆくようになったのが最初なんだろう。 それの小規模なのが最初の晩にわたしたちが泊まったレストランの廃墟か。つまりはあれをホテルとかアパート並の部屋数にしたものだから、常に誰かしらが滞在してる状態になったんだと思う。 それで、ここまできたらきちんと全体を見て維持管理する役割の専属者がいた方がいい。となり、それならと引退した元旅の子がそれを引き受けて、以後は担当者が代わりつつ代々受け継がれてきた。…ってのが概ね、この手の施設が成立したときの一般的な流れらしい。 受付のお兄さんや、食事の配膳の采配をしていたお姉さんの話すところを総合するに彼らには給料みたいなものが払われるわけじゃない。 現代の日本では、全国で共通して使える貨幣ってものはもう存在してない。 平地の共同体や町の住民同士の間では、手形やチップみたいな形でお金に代わる役割のものが流通してるケースもあるって聞いたことがあるけど。それもごく限定された範囲の中だけで、その集団を出てしまえば外では通用しない。貨幣の価値を担保する国家ってものがもはや機能してないから。 今現在この世界で一番価値のある、信用のおける皆が欲しがる物資は何かというと。まずはエネルギー、現実的には多分それ以上に食糧だ。 あとは自分では代用品を作りにくい日用品とか、とにかく現物。町の工場や店なんかで働く人たちがどうしてるかは知らないけど、例えばわたしたちが滞在してた天野さんのところみたいな農場なんかで働く場合の報酬は住環境と食べ物。多分ここの施設でも、そこは同じシステムなんだと思う。 つまり、ここに泊まりたい子は出来るだけ何かしら食べ物か薪とか油、みんなで使えるものを持ち寄る。もちろん食い詰めて弱ってる子が手ぶらだからって追い出されるわけじゃないが、お互いさまなので手持ちがあれば出せるものは出すのだ。わたしとアスハは天野さんからもらったお土産をたくさん持ってたから、おかげさまでこういう場面では助かる。 「え、何これ。はちみつ?…へぇ、久しぶりに見たな。何かに使いたいけど、どうすればいいかな。お菓子とか?」 小鉢を出してもらってそこに瓶から取り分けて渡すと、受付の男性は声を弾ませて黄金色の液体に見入った。その声を聞いてカウンターの奥から出て来た女の人が、ちょっと呆れたような口調で突っ込みを入れつつ横から手を伸ばして小鉢を取り上げる。 「はちみつって砂糖に較べたら甘味がだいぶ柔らかだからさ。お菓子に入れてもこの量だと大して甘くはならないよ。みんなに出す量のクッキーやケーキに使っちゃうと、風味が薄まってせっかくのはちみつの味があまり感じられなくなりそうで勿体ないってば。パンの表面に薄ぅく塗るに限る。そうすると甘さも風味もはっきり感じられて、美味しいよ」 ね?とわたしとアスハに顔を向けて同意を求めてくる。口振りも態度もやけに強めできっぱりしてるけど、そういう話し方の癖だってだけで別に悪い人ではないらしい。わたしは思いを込めて強く頷いてみせ、同意した。
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