第11話 終末世代の恋愛争奪戦

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「そうなんですよ。パンとかクラッカーとか、甘くないものと合わせるのが一番引き立つと思う。はちみつって、ほんのちょっとでもこんなに甘いんだ!ってなります」 自分で作ったものでもないのに。つい何となく得意げになってしまうのは何故なんだろう。 「そうそう。お菓子に入れたらそれだけじゃ甘み足りなくて、結局砂糖足す羽目になるから。そりゃはちみつの風味はほんのり程度はするだろうけど、お砂糖の味の方が強くなっちゃう。そのくらいならいっそ加工なしでそのまま味わった方がいいの。…そしたらとりあえず明日の朝食のときにいるメンバーで、少しずつ取り分けてパンと一緒に食べるようにするか…」 たまたま居合わせた人は運がよかったってことで。と独り言めいた口調で彼女は付け足し、にっと笑ってこちらに向けて小鉢を掲げてみせてからカウンターの裏へと戻っていった。 そんな風にして、他にもそろそろ日もちが怪しい果物や乳製品やパンなどをわたしたちは思いきってそこで供出した。けちな根性を出して貯め込んでおいて駄目にしちゃうよりは、こういうところでみんなの口に入る方がいい。 食べ物は天下の回り物だ。こっちが余計にあるときは出すし、ないときは余分に分け与えてもらう。 だから、珍しいはちみつやさくらんぼや枇杷、それに柔らかいパンやチーズやバターなど貴重なものを多めに渡したからといってわたしとアスハがこのゲストハウスで特に厚遇されたとかはない。 それを返せば、逆にほぼ手ぶらでこういう場所を頼っても冷遇されることはないってことだから。わたしたちは特に気にしない。けど、おかげさまでフロントの係員のお兄さんとお姉さんには『はちみつの子たち』としてしっかり認識されたようだった。 「…あ。はちみつちゃん」 共用のお茶(ご自由にお飲みください)の薬缶のテーブルに近づいたら、ちょうど空になりかけのそれを新しいのと取り替えに来た受付のお兄さんと鉢合わせた。案の定、変な覚え方をされてるわたし。 「ごめんごめん。ちゃんと名前あるよね。何だっけ、確か。シロちゃん?何シロだっけ?」 なにしろ、って何のことかわかんなくて一瞬きょとんとしてしまった。ああ、苗字含むフルネームね。 シロって、さすがに女の子にそんな名前つける親ってそんないないだろ。犬かよ。と内心で突っ込みつつも、表面は穏当にやんわりと訂正する。 「有坂です。有坂ましろ。有る坂に、ましろは平仮名で」 「ああごめんね、ましろちゃんか。可愛い名前だね。ぴったりだよね、真っ白なちっちゃい猫みたいで」 そうだよなぁ、シロはないよな。と空になった薬缶を無造作に振り回しながら独りごちてる。自分で言っといて何なんだ。 「ところで、あれ大丈夫?目を離した隙によその女の子にぴったりロックオンされてるよ、彼氏」 軽い調子でそんな風に嘯きながら彼がくい、と背中越しに親指を向けた方には、さっきの女の子がアスハに積極的に話しかけてる姿が。…ああ、はい。それはもちろん知ってるけど。 「彼氏ではないので。別に、それは自由です。あの子が誰と話そうが、仲良くなろうが」 「そうなの?俺はてっきり。二人は恋人というか婚約者みたいな関係で、カップルで旅をしてるのかなと」 空気感というか。親密そうだったからね、と言いつつわたしに洗って積み重ねてあったきれいなコップを寄越す。わたしはお礼を述べてそれを受け取り、出来立ての新しいお茶を注いだ。香ばしい濃い香りがわっと辺りに立ち昇る。 「いい匂い。…これ、何のお茶ですか?」 麦茶とも違うような。と首を傾げていると、お兄さんは笑ってまあ、座って喋ろっか。と自分も注いだお茶を手にしてわたしを手招きする。 「焙じ茶だよ。濃いめに淹れると香りが強くなって美味しいよね。緑茶とか紅茶に較べると、わっと一気にまとめて淹れるのに向いてるから。ここじゃ麦茶と並んでよく使われるね。…いやしかしあの子、積極的だな。割と焦ってるのかな、早くパートナーを見つけたくて」 まあ、こういうゲストハウスなんかではつきものだけどね、ああいうの。とアスハにロックオンしてる女の子の方を再び軽く顎で示してみせる。 わたしは壁際に座った彼の斜向かいにあったクッションの上に慎重に腰を下ろし、話の流れで仕方なく相槌を打った。 「そうなんですか?」 別にどっちでもいい。と思わなくはなかったけど、今目の前にいるこの人がその話をしたい気分だってことはありありとわかってしまうし。 あの女の子についてもわたしに対しても悪意とか意地悪な気持ちはなくて、ただ単にこういう場所に慣れてない旅の初心者の子に目新しいことを教えてあげる喜び。みたいなシンプルな欲求しか彼が感じてないのは読み取れたから。それならそのご好意に素直に甘えましょうって感じで話の先を促した。 それに、こうやってわたしに絡んできたのも本当にたまたま。お茶を替えに来たら何となく見覚えのある子がいる、と気がついて広間を見回すと相方の彼氏はちょっと目を離した隙にさっそくよその女の子にとっ捕まってる。
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