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どうやらこういう場所に慣れてないんだな、いい機会だからアドバイスしてあげよう。…ってくらいの軽い親切心でしかなくて、わたし本人に対して特に思うところはない。至極フラットな立場で話してるのは確信できるのは、やっぱり我が能力ながら安心感があって心強い。
アスハが言ってたように村や集落みたいなお互いの素性がわかりきってる顔馴染みに囲まれてる環境では、実際無駄な能力でしかないが。
こうやって旅の途上で、次から次へと気心のしれない初対面の相手と対峙しなきゃならない場面ではわたしのこの能力、ほんと助かる。これまで何の役にも立たない、平穏な生活を送ろうとすればむしろ邪魔にしかならないくそ特性だなんて、これまで心の中でずっと罵り続けてばかりでごめん。
少なくとも目の前に立ってる人物がこっちに敵意を向けそうか、逆に不自然に好意を抱いてるか。あわよくば…なのかそれともそんな気ゼロの対象外、まるで眼中になしなのか。
そこに余計に気を回したり無駄に警戒する必要もなく、相手の真意の底がちゃんと見える。この能力を持ってる人たちに囲まれて育ったアスハが旅向けの特性だ、とはっきり断言してわたしを頼りにしてくれてるのも納得だ。
とりあえず、今この耳に伝わってくるこの人の内面の声によれば。彼のこの言動の由来は単なる親切心と漠然としたわたしたちへの好感、それから純然たる暇つぶしのためだから大丈夫。
ゲストハウスでは泊まりに来る旅人も単なるお客さんではなくて、自分の泊まる部屋の掃除や布団干し、シーツの洗濯は必須だし。常駐の運営は必要があれば手近な宿泊者に声をかけて食事の支度や配膳、後片付けや共用部分の掃除も手伝わせる。
だからたった三人で管理してると考えたら一見すごく大変そうに思えるが、実際はそうでもないようだ。
現にこうして目の前にいる運営のお兄さんも、今日はもう仕事しなくていいや。残ってる分は明日に回して、あとは就寝まで暇そうな女の子とお喋りでもして空き時間潰して過ごそうかな。とか呑気に考えている。
その思いは特に隠す必要もないのでそのままはっきりと顔に出ているが、まあ確かに。後ろめたいところのない人って、まじで全然裏心がない。
つまり、この人が親切顔してわたしに忠告とかアドバイスをしてくれてるのは文字通り、旅の初心者はこういうこと知っといた方がいいよ。と思ったことをそのまま口にしてると素直に受け取っていいみたいだ。
「…君たちが婚約者とか恋人同士じゃない、っていうのが謙遜とか照れ隠しじゃない。っていうのをまあ、前提として受け入れるならだけど、仮に」
「何でですか。そこはそのまま受け入れていいですよ」
あまりにも馬鹿馬鹿しいのとお兄さんに邪気がないので気が緩み、こっちの口も自然と軽くなる。向こうも深い意味はなくただからかっただけみたいで、ごめんごめんと笑って話を先に進めた。
「いや、だとしたら二人ともまだ正式な将来の相手は決まってないってことだよね。そうすると、こういう風に旅の子たちが集合してる場所に来るといろんなことに巻き込まれるよ今後も。何しろ、みんな鵜の目鷹の目で探してるからさ。未来のパートナーってやつを」
「へぇ。まあ、そういう人もいるんでしょうね」
『みんな』は言い過ぎでしょ。と話半分に聞き流しながら呑気に美味しい濃いめの焙じ茶を飲む。
自分がそうだからってわけじゃないが、大抵の子は十五か十六で旅立つのが普通のこのご時世、まだ異性に興味もろくに感じてない男女も多かろう。見たところアスハも特に女の子に関心があるようには思えない。
さっきわたしを邪険にした女の子もちょっと大人っぽい体型で顔立ちも整ってるし外見はなかなかに悪くないと思うが。それでもここから遠目に窺える様子では、どうやら彼の気を上手く引くのには今いち苦戦してるようだ。
「自分はどっちかと言えば、村にあのままいたらそろそろ結婚相手を親に世話されそうだなぁ…って気配が出てきたのが嫌で。旅に出ればもう少しそこら辺の問題をペンディングしておけるからっていうのもあるんですよね。だって十代半ばでお見合いしろなんて言われても、とてもそんな気になれないよ。大昔の人たちは今のわたしたちよりもっとずっと恋愛体質だったのかもしれないけどさ…」
「ふぅん、なるほどね。ましろちゃんはそうなんだ」
わたしの愚痴とも言えない愚痴を軽く流して、お兄さんはあち。と小さく呟きながら手の中の湯呑みを持ち替えた。
わたしより後から注いだから、まだ今ひとつ冷めてないのかそれとも極端な猫舌の人なのか。それは彼の心が読めててもどっちとも判別しがたい。当たり前だけどこの能力も万能じゃない(この場合、当人の主観でしか熱さがわからないから)。
「確かに、百年以上前の漫画とかここにもいっぱいあるからつい読むけどさ。当時の人たちって若いときからめちゃめちゃ恋愛に関心あるなぁと思ってびっくりすることあるね。中学生とか高校生って、今の十三から十八歳くらいか。異性のことしか考えてないじゃん!って主人公いるよね、たまに。少女漫画とかではさ」
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