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「いるいる。まあ、当時の子どもは特に日々の食べ物確保することとか考える必要ないから…。余裕あるってかそりゃ暇なんだろうなぁ、とは思うけど」
猫舌のお兄さんが話に乗ってくれて、嬉しくなってこっちも調子に乗って頷く。
「今の子は食い扶持も下手したら当時の中高生の年齢で自力で何とかしなきゃならないからね。それどころじゃないってのも恋愛に対する意欲を削ぐんだろうけど…」
彼は話を合わせるように頷いてわたしの台詞を肯定したが、ふとそこで言葉を切って声の調子を変える。
「…でも、だからこそ。早い段階でのパートナー選びは切羽詰まった課題なわけだよ。ここに来るような子たちにとってはさ」
「ん?」
急に話の流れが変わった。わたしは首を傾げて、つい油断した気安い口調で問い返す。
「何でよ。食うのに困ってて生活に追われてることと、男女の浮き浮きに全リソースを傾けることって。両立します?」
「するよ。てか、だからこそ配偶者選びは重要でしょ。君んとこみたいに放っといても年頃になれば親が配偶者を見繕ってくれるような、ゆとりのある環境で生まれ育ってると案外わからないかもだけどさ」
みんな、見てきたかのようにうちの村が恵まれてるって言い切るなぁ。まあ、確かに。アスハの経験してきた旅の話とかを聞いてると、一般的に食糧豊かなはずの山間部の田舎でも場所によっては結構生活厳しいんだなぁ。って感想を抱くこと、正直なくもないけど…。
彼はさっき持ち替えた湯呑みを片手で支え、空いた方の手をびし。とわたしの方へと小さく差し出し突っ込みの仕草を見せて続けた。
「旅の慣習があるようなとこって、基本的には子どもが成長したあとそのまま全員定住されたら食べ物や住むところが足りなくなるような地域でしょ。そういう土地では幼い頃から自分の分の食い扶持を稼いで自力で生活を安定させるのが人生では一番大事、って親や周りの大人から叩き込まれる。で、結婚はその一環だから」
ふぅん。
そう。…なの?
今ひとつぴんと来なくて首を捻ってるわたし。彼はやれやれと言わんばかりな笑みを浮かべてから、ちょっと飛躍した話をわかりやすく言い換えた。
「恋愛に憧れてるとか異性にちやほやされてモテたいとかじゃないんだよ。食い繋ぐには一人より二人、それから労働力の頭数としていざというとき頼れる子ども。単身でふらふらしてたらさぁ、うっかり定住もできないでしょ。生まれた場所よりもっと条件のいい土地をどこかに見つけて、そこに意中の異性を連れて行って二人で腰据えて、夫婦でせっせと働いて生活を安定させて子どもを産む。旅の子たちの究極的な目標はそこなんだよね」
「なるほど」
言いたいこと、ちょっとだけわかってきた気がする。
「楽しく恋愛したいとか恋人見つけたい、って動機じゃなくてそれも全て所帯を持つ堅気の大人になるため、なんですね。旅の子たちは周りが夫や妻を決めてくれるわけじゃないから、旅の過程で一緒になる相手を自分で見つけなきゃってプレッシャーがある。それはわかりますよ。…でも、それなら何も。見た目が好みだとか内面が好きとかまでは拘らなくても、かなり妥協可能なのでは?恋だの愛だのは二の次で、体力あって健康で性格が良ければそれで充分なんじゃないの?」
だったらそういうタイプに異性が群がって競争率が上がるんならまだわかる。けど、例えばアスハとかは。必ずしもその条件に合致してはいないような…。
見るからに頑丈そうでもないし。特に弱々しくもないが身体は細身で身長もほどほどだ。
ふてぶてしくて口数も少ないし(とりあえず、わたし相手以外には)。お世辞にも愛想がよくて誰とでも楽しくコミュニケーション取れるタイプとは言えない。
度量が大きくて心が広くて、何でも文句言わずにこにこ受け入れてくれて性格が明るくて疲れを知らずばりばりとよく働く。って人物なら、何も顔なんてへちゃむくれの丸に目鼻でも構わないじゃん。…ってならないのか、やっぱり。
ゲストハウスのお兄さんは肩をすくめ、ふと真顔になってわたしを正面から問い詰める。
「そう言う自分はさ。じゃあ丈夫で健康で体力あって明るい性格だったら。どんな不細工で話も趣味も合わなくて頓珍漢なことばっか言われて全然会話のキャッチボールが成立しなくても、そういう相手と子ども作れる?想像したら」
げ。
「いや、…想像は無理。できないです、やっぱり」
その言葉は文字通りの意味で、シンプルにわたしにはまだ誰か異性と子作りをするシチュエーションを想像するのが難しい(現実には自分には、おそらく経験のない同世代に較べると性の知識が皆無とは言えない事実は承知してるけど。他人様の頭の中を覗き見することで漠然とながら具体的な行為についてわかっちゃうことも多い。でも、そんなことは他人に知られる必要もない話だ)というつもりでの返答だったんだけど。
先方はいかにも自分の思ってた返しが来た。という反応でしてやったりとばかりに身を乗り出し、前のめりに食いついてきた。
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