第11話 終末世代の恋愛争奪戦

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お兄さんは肩をすくめ、特に気に留めた風もなくついでみたいに自己紹介した。 「俺はカザマっていうの。カザマショウト。まあ名前はどっちでもいいけど、そりゃ旅してたときはやっぱそのうち決まった相手見つけなきゃいけないんだよなぁ…ってずっと気が重かったよ、プレッシャー感じてて。だからああやって焦る子たちの気持ちもわかる。ちょっとでも好みって思う異性がいたらああ、いかなきゃって。背中を押されてるような気持ちになるんだよね」 ちょっと遠い目をして、離れたところにいるアスハと彼にしきりに話しかけてる女の子の方を見やる。 さっきわたしが立ち去ったときよりも若干二人の距離が狭まってる、ようには見えるけど。多分アスハの方は位置変わってない…。一応うんうんと頷いてみせてはいるけど、全然本から顔もあげてないし。 あの様子だとなかなか難しいかな。と独り言のように呟き、視線をそちらに向けたまま誰に聞かせるでもなさそうな口振りで述懐した。 「ずっとそんな感じで、今ひとつ納得いく相手に出会えない状態でふらふらしてたよ。たまたま泊まったこのゲストハウスで、スタッフが一人抜けたばっかで人手が足りない。って頼まれて住み込みで手伝うようになって、ああこれでしばらくは生活していける。結婚相手を探さなくていいんだ、ってほっとしたんだ」 なるほど。 その心理はちょっとわからなくもない。生活を安定させるためだけに、恋愛を欲してもないのに好きな異性を選ばなきゃいけないのか。と葛藤してたとすれば、これで衣食住に困らなくていい!ってポジションを得た段階で一気にそれを必要じゃなくなった。と安堵して全放棄してしまうのは何だか納得。 傍から見たら釣り合ってるように見えない天秤だとしても、わたしたちの世代にとっては切実な話だ。 カザマさんはわたしがその論理を否定しそうもない、と見てとったらしくふと表情を緩めて冗談めいた口振りで付け足した。 「それにまあ、ここでならそう急がなくても。大勢の若い子が日々通り過ぎていくから、いつかはその中から俺がぴんと来る特別な女の子に出会えることもあるかもしれないし。とはまあ、一応考えてさ」 そして、今日に至るまで未だ理想の結婚相手に出会えないでいる。…と内心で思ったけど口には出さなかった。本人がほぼ同時に心の中で黙って自分に突っ込んでいたので。 言われなくても重々承知済みの人に、何も他人がわざわざ口に出してまで指摘するほどの話でもないか。と生温かい気持ちでこちらからの突っ込みは見送った。 それに。 「…安泰な生活を続けられる見込みが立ったなら。無理に頑張って何とか少しでも好みの女性を見つけてまでして、わざわざ結婚なんてする気になれない?」 迷ったけど結局口にしてしまった。彼もそのことを自分の口から主張したいって思いがないこともなさそうだったから。 こうして目の前の相手が言いたがってることを先回りして、話題に持ち出すようにさり気なく促されると人は大抵気をよくしてくれてその後の関係の潤滑油になる。 もっともそれも程度問題ではあって、あまりに好感を稼いじゃうとそれはそれで困ったことになりかねないから。気軽に使いすぎるとあとで痛い目をみる可能性があるやり方だ。でも、話し相手が喜んでくれるのでついうっかり調子に乗ってやっちゃうんだよな、こっちも。 案の定カザマさんは急に表情もナチュラルに変化して、口振りが滑らかになった。 「うん、そう。そもそも結婚しなきゃいけないのかなと思ったのも、そうしないとこの世の中では居場所がない、生きていく術がないと感じてたからだしね」 ぐるり、と大広間を見回してこの場所を誇るように胸を張って湯呑みを持ってない方の手を広げてみせた。 「食えるポジションにさえ就ければ、俺としてはパートナーはいてもいなくてもどっちでもいいんだ。だから正直、口で言うほど真面目には今は好みの女の子を探してはいないかな…。こうやってときどき、ここに泊まってる可愛い子と楽しく話したりお茶でも飲めればもう、充分満足なんだよね」 やっぱり愛想よくわたしに対してのお世辞を付け加えることも忘れない。どうやらこうして不特定多数の行きずりの女子との束の間の交流(変な意味ではない)を心の底から楽しんでいるのも事実らしい。決して異性への関心そのものがないわけじゃないんだ。 でも、どっちかと言えば女の子好き寄りといっていい成人男性でもあわよくば肉体関係を。とはならないところがやっぱり現代のリアルなんだよなぁ…とつくづく感じ入る。わたしにはこの人がかっこつけたり表面を取り繕って嘯いたりしてないとはっきりわかるだけに尚更。 女の子の外見を眺めたり楽しく会話したりは歓迎でも、あれをしたいわけじゃない。よほど相手を好きじゃなきゃ険しい山に丸腰の素手で登る気にはなれない、という軟弱なわたしたち世代なのだ。 「…だからまあ、俺みたいに今すぐ結婚相手見つけなきゃいけないってほどのプレッシャーに押されてないやつはいいけどさ。ここに泊まってるような普通の旅の子は、大抵鵜の目鷹の目になって恋愛感情持てそうな異性を探してるのが普通だから」
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