第11話 終末世代の恋愛争奪戦

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そう言うカザマさんの目線の先には、相変わらずさっきからどう見ても話が弾んでる様子ではない、微妙にある程度以上は距離が縮まりきらない二人の男女の姿がある。 「ましろちゃんも、あの感じ見てたらもしかしたら彼の方も、今のところはそれほどパートナー探しに積極的に気持ちが向いてないのは事実なんだろうけど。だからといって今の時代のこの風潮にまるで関係ないでいられるかって言えば…。現実問題としてなかなか難しいだろうな。君たちみたいなタイプの若い男女ならどうしたって、結婚相手争奪戦のいざこざに好むと好まざるとに関わらず巻き込まれるでしょ。多分ね」 「うぇ。…そんなことある?」 容赦なくきっぱり断言され、思わず泣きが入るわたし。 「こっちから関わっていかなければそんなの基本的に関係ないでいてほしい。だって、結婚なんてする気ないからわざわざ村を出てきたってのに…。かえって煩わしくなるくらいじゃないですか、野良の自由恋愛に巻き込まれるなんて」 ある意味で親や近所の人たちの紹介で伴侶を見つけるよりやばいかも。きちんとした大人の目を通した選抜を経ないで、ぱっと見の印象と偏見と思い込みでどんな人格かを推定して(決めつけて)この人だ!と当てずっぽうに狙いを定めるわけでしょ?ギャンブルじゃん、つまりは。 わたしとアスハはいつも常にこういうところに泊まってるわけじゃなし、野宿や空き家に入り込んで寝泊まりする分には他の旅の人たちと普段はとりたてて接触することもない。 だから、もしも旅館やゲストハウスに泊まらせてもらう数少ない機会が今後もまたあるとしたら。そのときは細心の注意を払ってなるべく誰とも目を合わせずに礼儀正しく距離を置いて振る舞ってさえいれば。 ああ、あの子たちは今の時点ではどうやらパートナーを探してはいないんだな。だったら粉かけてもしょうがないから候補に含めるのはやめとこう、関わり合うのも時間の無駄。と周りも何となく察して身を引いてくれるんじゃないのかな。 だって、その気のない人間にわざわざ手をかけてまで翻意させて自分の方を向かせるなんて。苦労が大きい割に報われる確率も低くて、とてもそんなことやってられないでしょ?気持ちの上で切羽詰まってる婚活青少年たちの方だって…。 わたしがぼそぼそとテンションも低くそんな風に述懐すると、カザマさんはあっさり笑ってその楽観的展望を覆した。 「甘い甘い。はちみつ並みに甘いよ、そんな見通しは。やっぱりましろちゃんはまだ旅の子たちの生態が今いちわかってないみたいだな。この子たちを突き動かしてるのはね、エゴなんだよ。自分にとって最高のパートナーをゲットすることさえできるんなら、相手にそもそもその気があるかどうかなんて構ってる余裕なんてない」 とにかく躊躇してたら理想の相手を獲りはぐれる。考えたら負け、ちょっとでもこの子だと思ったらもう行動するのみ。焦りが昂じてそうなってる子、男女問わずこういうところじゃ結構いるよとこともなげに言われて思わず震撼した。 「つまり。…全然募集してない人のところにでも、自分の主観で一方的にこれと思い定めたら迷わず突撃する。ってこと?」 「うん。だって、今まさにそこで君の彼氏が受けてる攻撃はそういうことだろ。彼の方じゃ別に、適当な女の子を見つけようとそわそわ辺りを見回してたりとかあの彼女に対して特に脈のありそうな素振りを見せたわけじゃない。それでも、自分はこの異性となら致せる可能性がありそうだと一縷の望みを託せるなら。結果はともあれ、ワンチャン狙って積極的な子は行くんだよ」 彼は湯呑みに残ってたお茶を一気に飲み干し、肩をすくめた。どうやら話してるうちにいつの間にか、猫舌でも余裕なくらいに焙じ茶はすっかり冷めたらしい。わたしも慌てて手許の湯呑みの中の残りのお茶の温度を確かめる。 「君と彼氏は、それぞれ結構見目も良くて魅力的なコンビで一緒にいるとなかなかに目立つし。周りから勝手に思い定められてロックオンされること、ここでだけじゃなくこれから先の行手でもたびたびあるんじゃないかな。自分たちがその気がなくても向こうから一方的に絡まれるのを完全に失くすのは、どうやら今後も難しそうだね」 「彼氏では。ないです…」 平均値に対して比較的顔がまし、って理由くらいしか根拠を言ってないじゃないか。と思いながら力なくそう抗弁する。それだってまあ、アスハについてはまだ言われてることわからなくもないから、あながち百パーセント口から出まかせとも言い切れないが。 現に今、すぐそこで実際に口説かれてる真っ最中のあいつはともかく。わたしの方はそこまで言われるほど一般と較べて凡庸な容姿でないかどうかは自分でも正直怪しい。 でも一応、この目の前のカザマさん本人は特別無理して言ってるお世辞ってわけでもなく、自身はそうだと判断してる主観を述べてるだけで他意はないってことは心を見通せばわかるので。過剰に謙遜に労力を費やすよりもそこはさらっと軽く流して済ませることにした。
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