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「アスハに関しては別にこっちが縛ることでもないから。本人が吝かでもないならそのままにしとけばいいし、嫌なら断るで自由にすればいいだけなんで横から口出すつもりはないけど。一方でわたしはと言えばまあ…。もし万が一いつかそうなったとしたら、そのときに改めて考えればいいかな、と。今のところ大丈夫そうなんじゃないかなとは思う。誰からも変な風に絡まれたわけじゃないし、ここに来てからは」
つい数日前に滞在した農場でのあの不快な体験については知らないふりをする。
あれはあの人の心の中でだけ、表には出さずに終わった件だったのでさすがにノーカンでいいだろう。
だけどわたしの方でそんな風に軽く流そうとしても、聞いてるカザマさんの立場としてはまだ今ひとつ納得がいかないらしい。空になった湯呑みをこと、と傍のテーブルに置いて腕を胸の前で組み、やけに考え深そうな顔つきになって嘯いた。
「そうやって彼は彼、わたしはわたしっていうスタンスが誰から見てもありありなところがまた…。二人が周りから目をつけられるポイントなんだと思うよ」
「…そ、う?」
わたしは自然と上目遣いになり、ここに来てからの自分たちの行動がどうだったかを顧みた。何も深く考えず普通に過ごしてただけだったと思うんだけど。周囲からはそんな風に見えてたのか…。
カザマさんは年配者よろしく(言うほどまだ年寄りでもなさそうなのに)、つけつけと遠慮なく問題点を並べ立てて指摘していく。
「これまでに彼とその辺については既にちゃんと話し合ったの?将来のパートナーをどうやって見つけるか、いつ頃決めるつもりか。こうやって旅の途中で、どっちかが仮にたまたま気の合う素敵な子を見つけたらそこで旅の相棒関係は終了。恨みっこなしですっきりそれっきり、さよならするって可能性も今から頭に入れといた方がいいのか。とかさ」
個人的にはその辺、何となく気が重いから直視するのを避けてた部分だ。そこを容赦なくずばずばと突いてくる。
初対面の人にここまで突っ込まれなきゃならんのか、という納得いかない思いと。関係ない行きずりの人からでもぱっと見でとりあえずこれくらいのことは言えるのか、と不本意ながらちょっと感心する思いが混じり合い、今のわたしの気分は実に複雑だ。
「そうは言っても。わたしたち、組んで一緒に旅をすることになってから実はそれほど時間経ってないので…。言うほどお互いのこと、まだ知らないんですよね」
「うん、だからさ。逆に早めに腹割って話し合ってスタンス明らかにしとけば?ってこと」
わたしのうだうだしい言い訳めいた反論を、あっけらかんと短い言葉で覆してきた。
「どうやら今後は放っとけばこんな調子で外から次々と二人とも口説かれることになりそうだけど。それぞれ気に入った相手が見つかればその時点で解散、別々の道を行くってことでOK?ってはっきり言葉にして念押ししとけばいいんじゃないの。で、もしもアスハ?くんの方も君と同じでしばらくは相手が誰であれ結婚なんかする気ないよってことが確認できたらさ。それはそれでやりようがあるじゃん?」
「どういう意味で?」
それ自体は全然あり得る。てか、普段から一緒に過ごしてるわたしの実感としたら。口に出して本人に確かめたら、そういう反応が返ってくる確率が一番高いとは思うけど…。
彼はもう一杯お茶どう?と言い置いてさっさと立ち上がり、薬缶を手にして戻ってきた。別にもういいですとも言えず大人しく好意に与る。てか、まだ話す気満々だな。わたしとしてはアスハの方があの子との会話終えたら、そろそろ部屋に戻ろうかな。と思ってたんだが。
カザマさんはわたしのと彼のと、相次いで手早くお茶を注ぎ足し終えてから薬缶を元の場所に戻しに行った。普段からここで働いてるだけあって、緩くてマイペースそうな見た目に似合わず挙動が早くて手慣れている。
渡された熱い湯呑みを持て余しつつ両手で頻繁に持ち替えながら、彼が何事もなかったかのように平然と続けたさっきの台詞の先を聞いた。
「二人ともあわよくば条件のいいパートナーを…って気持ちが今はないんなら、表向きは婚約者か恋人同士だと誤認させといた方がむしろ面倒が減るでしょ。いやいや自分たちそんなんじゃないですし、ってあえて強調する意味ある?だって、周囲の誰かに誤解されて困るってこと、特にないんだし」
「それは」
言い返そうとして改めて今言われたことを呑み込んで、詰まる。…確かに。
彼は猫舌な特性を再び発揮して、両手で支えた湯呑みに口をつける様子もなく慎重に何度もふうふうと吹きつつきっぱりと言った。
「何を気にしてるか知らないけど、わたしたちそんなんじゃありませんってわざわざ主張する必要ないんだよ。二人は恋人なの?って訊かれたらはいって答えてにっこりしときゃいい。そしたら口説きに来るやつは激減するから。いくら君たちが好みの範囲内でも、出来てる二人をわざわざ引き離してまで奪おうとする熱量まではみんなないでしょ。さすがにスルーしてちょっかい出さずにいてくれるんじゃん?」
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