眠れる彼女

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 「は~な!そろそろ起きて勉強するぞ~」  自分でも驚くほど甘い声が出る。  愛犬のコムギに話しかける時にくらいしか出さない声色だ。部活の奴らがここにいたら、間違いなくニヤニヤと薄笑いを浮かべて、小馬鹿にしたような視線を送ってくるに違いない。だが今、奴らはここにはいないので、俺は気兼ねなく甘い声で羽那を起こす。    「ほ~ら、羽那~…起きろよ~」  少しだけ声を大きくして、今度は羽那の頬を優しくつまんだ。  「うーん…しぇんぱい?…今、羽那はアップルパイを食べてて…」    羽那はテーブルに突っ伏したままの格好で、むにゃむにゃしながら喋り出した。  俺が「え?」と聞き返すと、羽那は再び口を開く。  「お腹がいっぱいになったら起きましゅ…」    羽那は目を瞑ったまま、幸せそうにうっとりと微笑んだ。    ――――え?  俺は一瞬、目が点になった。  お腹がいっぱいになったら…?  その羽那の言葉が可笑しいやら可愛いやらで、しばらくの間、声を殺して笑った。  「いつ腹いっぱいになるんだよ~…」  と、呟くと、心地よさそうにフフフと微笑みながら眠り続ける羽那を見て、また笑いがこみ上げてくる。    「…ん……あれ、先輩?」  羽那が口元をおさえながら「あれ?私!」と勢いよく椅子から立ち上がった。  俺は「おはよ」と言って、ヨダレが垂れていないかを気にして、手の甲で口元を拭いながら赤面している羽那を見上げた。    「やだ、私…寝ちゃってた?…先輩、いつからいたんですか?」    寝顔も可愛かったが、驚き、恥じらう羽那も可愛いなと、無意識に目を細めてしまう。  「羽那がアップルパイ食べる前からかな…お腹はいっぱいになった?」  俺はそう尋ねて、クククっと笑った。  羽那は「何ですかそれ~?」と不思議そうに小首をかしげる。  すると、絶妙なタイミングで  ぐぅ~…  と、羽那のお腹が鳴った。  「やだぁ~…」と、羽那は両手で顔を覆った。  「おなかいっぱいどころか、空いてるみたいだな」  「…そうみたいですね…恥ずかしい」  「俺も、羽那の寝顔見てたらおなか空いちゃった。場所変えて何か食べに行こうか」  「…居眠りなんかして先輩の貴重な時間を無駄にしちゃってすみません、それに気を遣わせてしまって」  「いいよ、大丈夫。ほら、腹が減ってはなんちゃら~っていうし」  可愛い寝顔と、寝言を堪能できたから無駄じゃないし…  それに、眠れる彼女の唇を許可なく奪いそうになっちゃったし…  「何食べます~?」  「羽那、アップルパイ食いたいんじゃない?」  「え~?さっきからどうしてアップルパイ?」  「あんなにハッキリ言ってたのに覚えてないの?」    俺たちはどちらからともなく手をつなぎ、寝言の話をしながら図書室を後にした。  二人の笑い声が誰もいない廊下に響いた。窓から差し込むオレンジの光が、暖かく、眩しかった。
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