第327話

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第327話

「ええ。その申請を既に羽鳥が秘密裏にしてくれています。彼が勤めている部署は司法関連なので、こういう時は通しやすいのですよ」 「そうなんですか。でも俺、羽鳥さまと面識無いんですが……屋敷にも来たことありませんし、千尋さまは仲が良かったのですか?」 「ええ。私とはよく争う部署ではありましたが、彼は信頼出来る人物です」 「そうですか。どんな人なんですか? 初さま達から聞いた高官達の話には出てこない方だったので俺は本当に何も知らないんですけど」 「羽鳥ですか? そうですねぇ……一言で言うと軽薄な人ですね。番を持たずにいつまでもフラフラしている遊び人です。表向きには、ですが」 「え……裏があるんですか?」 「ええ。そして彼のお祖母様は人間です」 「え!?」 「驚きましたか? だから初は彼の事は話さなかったのですよ。人間の血を引きながら高官にまで上り詰めた草龍。それが羽鳥です」 「す、凄い人ですね……」 「ええ。だから羽鳥は絶対に怒らせてはいけませんよ? あなたは人間の狡さも美しさも強かさも見たはずです。羽鳥はその全てを持っています。まぁ、龍の中では少し浮いた存在かもしれませんね」  千尋が苦笑いを浮かべると、楽は真剣な顔をして頷いた。楽の中で人間という種族については以前の見解とは大きく違うはずだ。    深夜にこっそりと小さな一軒家を目指して楽と二人歩いていると、あともう少しという所で家の中から茶色い髪の優しげな男が顔を出した。   「やぁ」 「こんばんは。お世話になります」 「お、お世話になります!」 「どうぞ、入って」  羽鳥に言われて千尋が履物を脱ぐと、楽もそれに習って緊張した様子で履物を脱いで揃える。   「ちゃんと出来て偉いね。えっと、楽くんだっけ?」 「は、はい!」 「元気でよろしい。で、千尋は洋装なの? 珍しい」 「最近は洋装で居る事が増えてきまして。似合いますか?」 「似合うよ。君は何を着ても似合う。良いな。僕も洋装買いに行こうかな」  おかしそうにそんな事を言う羽鳥に楽が驚いたような顔をしているが、それを聞いて千尋は微笑む。   「良いんじゃないですか? でも今の都で着たらいつ買ったんだと言われてしまいますよ」 「確かに。それじゃあ君に送ってもらったって事にしとこうか。それからこれ。頼まれてた物持ってきておいたよ」  そう言って羽鳥が差し出してきたのは鈴に渡した皿の片割れだ。千尋はそれを受け取って礼を言うと、用意されていた椅子に腰かけて机の上に弁当を置く。   「それは?」 「弁当です。花嫁が作ってくれたのですよ」 「ああ、鈴さんだっけ? 弁当まで用意してくれるなんて君の番は随分優しいんだね。会ってみたいな」 「いずれ会えますよ」 「そうだね。それじゃあ楽しみは後に取っておこう。さて、本題に入ろうか。楽くんもこっち来て座りな」 「はい」  掴みどころの無い羽鳥に戸惑っているのか、楽は恐る恐る近寄ってきて千尋の隣に腰掛けた。   「夜が明けたら今日は君の意見陳述だ。あった事をそのまま話すと良い。僕も千尋もそこにはついていけないけど、怯えなくても大丈夫だから」 「分かりました」 「本番は五日後だよ。本来なら君と争う人は居ないから君の陳述を聞いて裁判官が君の罪を決めるんだけど、君は明日の意見陳述で初に言われたという事を裁判官に告げなければならない」 「は、はい」 「そうしたら君の裁判に初も引きずり出される事になる。恐らくそれは彼らも織り込み済みだ。むしろそうなるよう手配していると思う。そこで君の裁判は君だけの裁判じゃなくなる。ここまではいいかな?」 「う……何とか」 「うん、それで十分だよ。初達が出てきたら彼らは君にさらにあらぬ罪を着せようとしてくるだろう。そうしたらあちらは君の弁護人が用意されていないだろうとか何とか言って恐らく君の弁護人を用意しようとしてくるはずなんだ。そこで僕たちの出番だ」 「私は既にあなたの証人を請け負う事を受理されています。あなたの仕事は意見陳述の際に嘘偽り無く事実だけを裁判官に告げる事です。出来ますか?」 「はい!」 「うん、良い返事だ。難しい話はこれでおしまいだよ。それで、噂の君の番の話を聞かせてよ」  それまで真剣な顔をしていた羽鳥は話終えたと思ったら突然にこやかに話し出す。そんな羽鳥の切り替えの速さに楽は目を白黒させているが、羽鳥というのはこういう男だ。   「鈴さんですか? そうですね……一言で言うとずっと求めていた人ですね」 「求めていた? 千尋が?」 「ええ。あなたにも分かるのではないですか? 私は龍とは合わない。あなたもそうでしょう?」  千尋の言葉に羽鳥は困ったように笑って髪を結び直した。   「そうかもしれないね。僕の理想はお祖母様だから。自分の事よりもいつも僕の事を優先してくれるような人でね、優しくて可愛くていつまでも一緒に居たかったな。身体が強かったらもっと長生きしてたんだろうけど……」  流星の言っていた仙丹が効かなかった人間というのは、きっと羽鳥の祖母だったのだろう。龍の加護をもってしても早くに逝ってしまったようだ。    名残惜しそうに呟く羽鳥に楽が視線を伏せて言った。   「すごく暖かい人だったんですね……」  楽のしみじみとした言葉に羽鳥は顔を輝かせて頷いた。   「そうなんだ! なんだ、流星達から聞いていた楽くんの話とは随分違うんだね。君は人間が嫌いだって聞いてたよ」 「俺は、人間を知らなかっただけです。地上に落とされて最初は千尋さまの花嫁に突っかかったりして……でも龍よりも俺なんかの事を思ってくれる。こんなのを俺にまで作ってくれるんです」  そう言って楽も机の上に弁当を置いた。風呂敷にはしっかりと鈴特製の千尋とお揃いのお守りが縛りつけられている。   「また鈴さんは! 鈴さんもそう。いつも自分の事よりも他人の事を考えるような人なんですよ」  千尋が何気なく胸ポケットから以前貰ったお守りを取り出すと、それを見て楽はおかしそうに笑う。   「お揃いなんですね」 「ええ。以前贈った反物で作ったのでしょう。あれは鈴さんの着物用だったんですけどね」  他にやりたい事もあるだろうに、その時間を捻出するよりも千尋や楽のお守りを作る時間は捻出してくれる。そんな人だ。   「良い子なんだね。あの千尋の雰囲気をここまで変えてくれるような人なら当然か。それで鈴さんにはもう番の加護を渡したの?」 「ええ、ここへ来る前に。一生使えないと思っていたので正直驚きましたよ」 「いいなぁ。僕もいつかちゃんと使いたいもんだ。楽くんはどうなの? そういう甘酸っぱい話は無いの?」 「あ、甘酸っぱい話ですか!? えっと……えーっと……」 「そう言えば楽は以前、番に選ぶなら可愛い子が良いと言っていましたが、今もそうなのですか?」  何気なく千尋が尋ねると、楽は少しだけ考えて首を振った。   「可愛いのも良いですけど、気が強くて優しくて賢い人……かな」 「なるほど。随分と具体的ですね。誰か心当たりがあるのでしょうか?」 「え!? こ、心当たりなんて――」
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