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第333話
「え? えっと……大体は千尋さまのお話でしたが、最近は人間がどれほど醜い存在かって言うのを話しに来ていたような気がします」
「……人間がどれほど醜い存在か?」
「はい。俺がよく覚えてるのは、人間は愚かで思慮や配慮に欠けていて、知能の低いまるで獣のような生物だっていう言葉です。それを聞いて俺は千尋さまが可哀想だって言ったのを覚えています」
「ふぅん? それは立派な洗脳行為なんじゃないのかな? 初」
「ち、違うわ! デタラメ言わないでちょうだい! 私はそんな事言わないわ!」
「そうですか? でもあなたは言いそうだと恐らくここにいる方たちは全員が思っていると思いますよ? だって、あなたは根っからの龍至上主義者ではないですか」
にこやかにそんな事を言う千尋を見て初は泣きそうな顔をするが、流星達に言わせればきっとこの顔も芝居なのだろうと判断して千尋は無視した。
「あなたがこの都でも大の人間嫌いだと言う事は今更言い逃れようのない事実で、楽にそんな話を吹き込みに言っていたとしても何も不思議ではありません。楽が私の事も地上の事もほとんど知らない状態でずっとそんな話を聞かされていたとしたら、私を都に戻すためだという名目であなたに言われるがまま年齢詐称などという罪を犯してしまっても何もおかしくはありません。そしてこの事を踏まえてもう一つ不思議な事があります。年齢の詐称は確かに罪ではありますが、地上に降ろされる程の刑罰ではありません。では誰が、なぜそんな事を言いだしたのか、私はここに全ての答えが隠されていると思っています。裁判官、その罪状を通したのは誰なのですか?」
「それは……王……ですね」
その一言に会場はまた静まり返った。
♥
あの事件があった翌日、鈴は千尋に言われた通り小高い丘の上に雅と共にやってきていた。
「このへんでどうでしょうか?」
「いいんじゃないか。街も一望できるし、景色も綺麗だ」
丘の上から街を見下ろした雅の言葉に鈴は頷くと、急遽弥七に作ってもらった木で出来た慰霊碑をそこに立てた。本当は墓を作りたかったが、それは千尋が戻ってきてからにしようと思い、とりあえず慰霊碑を作ったのだ。
「名前も知らない方ですが、風龍さん、どうか安らかにお眠りください」
鈴が慰霊碑の前に酒と花束を置くと、隣で雅も手を合わせている。
その時だ。どこからともなく吹き付けた一陣の風が、鈴と雅の周りをぐるりと回って花束を巻き上げた。
花束はみるみる間に雲に吸い込まれるかのように見えなくなってしまったが、そんな様子を鈴と雅はただじっと見つめていた。
「嬉しかったんじゃないのかね、やっぱり」
丘から屋敷に戻る道中、雅がさきほどの事を思い出したかのように晴れやかな顔で言った。
「そうでしょうか?」
「そうだよ。あんたも見たろ? 花束持ってったんだよ」
「だと嬉しいです。少しでも安らかな気持ちになれたのならそれで十分です。なんて、これは自分の為かもしれませんが」
苦笑いをして言った鈴の頭を雅が撫でてくれた。
「自分の為でも良いじゃないか。誰も傷つかないんだから。さて! それじゃあたし達は今日も世界を守る為に尽力しようじゃないか!」
「はい! って、具体的には何をすれば良いのでしょう?」
「さあね。普段通りで居ればいいんじゃないか? そんな事よりもあたしは楽の裁判の行方が気になって仕方ないんだよ!」
雅はそう言って歩調を早めた。そんな雅の背中を見て鈴は思わず笑ってしまう。
楽の裁判は今日行われているはずだ。皆もそれが気になっているのか、朝からずっとソワソワしている。もちろん鈴もだ。
「楽は大丈夫かね。まだ裁判は終わってないのか?」
「どうでしょうか。でも千尋さまが居るので大丈夫だと思います!」
「そうかい? まぁでも万が一って事もあるし、いつ連絡が来ても良いように今日の夕食は簡単なうどんとかにしとくか」
「そうですね! あ、でも千尋さまたちにお疲れ様でした、のデザートを作ってもいいですか?」
「もちろんだよ。きっと喜ぶよ」
雅は笑って鈴の手を取ると足早に歩き始めた。
屋敷に戻ると、居間では喜兵衛と弥七がいつまでも光らない鏡をじっと見ていた。いや、もはや睨んでいると言ってもいい。
そんな二人にそっとお茶を差し出す。
「お二人共、一息ついてください。千尋さまも居るんです。きっと大丈夫ですよ」
「お、悪いな」
「ありがとうございます、鈴さん。はは、いけませんね! ついつい気持ちが逸ってしまって」
「それだけ楽さんの事が心配だと言う事です。でも根を詰めるのは良くないので、お菓子でもつまんで待っていましょう」
「そうだよ。終わったら楽はすぐさま連絡くれるだろうさ」
さっきまでは心配だと言っていた雅だが、自分よりも心配そうにしている二人を見て冷静になったのか、苦笑いをしてクッキーを齧っている。
けれどその後もいくら待っても楽からの連絡は来なかった――。
♠
何かに気づいたかのようにハッとした裁判官は、まじまじと千尋を見下ろしてくるが、その目は完全に「正気か?」と尋ねてきている。
「なるほど。おかしな話ですね。なぜ王は楽を年齢詐称などという些細な罪で地上に追放などという刑罰を下したのでしょう? それは考えるまでもありません。愛娘がどうやら何らかの事件に手を貸していて、それを知っているかもしれない楽を都に残しておきたくなかったのと、初達が地上での私の動きを監視する為に楽を使いたかったという利害が一致したからです」
千尋の言葉に会場中の視線が一番高い席でこちらを観覧する王に注がれるが、その隣にはもう既に謙信は居ない。
「証拠が無いだろう! そもそも今の話は今回の争点ではない! 裁判官! 千尋は明らかに争点をずらそうとしている!」
「証拠ならあるんだな、これが」
顔を真っ赤にして立ち上がった千眼の言葉を覆したのは羽鳥だ。手には楽が持っていた鏡が持たれている。
「これ、な~んだ?」
「何って、鏡ですよね? 通信用の」
裁判官の言葉に羽鳥は頷いて裁判官にその鏡を手渡した。
「これは楽が持ってたものだよ。履歴もだけど、その紋章は誰のかな?」
言われて裁判官は鏡に視線を落とし、裏返して紋章を確認するなりため息を落とす。
「初さま、これは言い逃れが出来ません。どうして地上に追放処分を受けた楽にご自分の鏡を渡したのですか?」
「し、知らないわよ! 大方そいつが盗んだんでしょ!? 私は一度も連絡を取ってないもの! これは私を陥れる為の罠よ!」
「一応その線も無いとは言い切れないので履歴を確認させていただきます」
そう言って裁判官は鏡を開くと、そっと鏡に手を翳した。そして中を確認するなり無言でパタンと閉じる。
「被告人、楽。あなたは初さまからの指示を受け、年齢詐称という罪を犯しました。それは認めますか?」
静かな裁判官の声に慌てた初が身を乗り出して叫んだ。
「ちょっと待ってちょうだい! 何かの誤解よ! 履歴はその都度消しなさいってあれほど――っ!」
「おやおや、これは失言だね、初」
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