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第478話
「鈴さん、愛しています。どうか連絡が取れない間、千隼の事、皆の事、そして屋敷の事をどうかよろしくお願いします。そして出来れば毎日私の為に歌ってください。あなたの声を、私は一日も休まずに探します」
「はい。……私も愛しています。千尋さまはどうかご無事で居てください。そして必ず私達を迎えに来てください。私は毎日歌って千尋さまと千尋さまの神様にお祈りします。あなたが無事でいるように、一緒に暮らせるように、そして……また一緒に歌えるように……」
淋しげに、けれどとても優しい鈴の声と言葉は千尋の身体に染み込むように馴染んでいく。
鈴の選ぶ言葉が、声が千尋は好きだ。そのうち本当に鈴の声を聞いただけで色々と満たされてしまうかもしれない。
しばらく抱き合っていた二人だったが、ふと千尋が顔を上げた。
「そう言えば、鈴さんはピアノの練習を始めたのですよね?」
「あ、はい。で、でもまだカノンぐらいしかその、弾けないんですけど……」
「十分ではないですか。是非一緒に連弾しましょう。楽に一番乗りされたのが、まだ私の中にしこりのように残っているのですよ」
わざと視線を伏せてそんな事を言うと、鈴は目を丸くして青ざめる。
「連弾しましょう! 拙いですが、一緒に弾いてくれますか?」
「もちろん。さぁ行きましょう。きっと千隼も喜びますよ」
「はい!」
部屋を出て皆を探し回っていると、談話室から賑やかな声が聞こえてきた。
鈴と手を繋いだまま部屋に入ると、そこには真ん中に千隼が寝かされていて周りには屋敷の皆と的場家の面々が千隼を囲むように輪になって座っている。
そんな光景を見て隣で鈴がポツリと呟く。
「Wow…… it's like some kind of ceremony」
それを聞いて千尋は思わず噴き出してしまった。
「はは! 儀式ですか。確かにその通りですね」
思わず笑ってしまった千尋と鈴に皆の視線が一斉に集まる。
「あんた達、やっと来たか! で、儀式ってなんだい?」
「いえね、千隼を取り囲んでいるあなた達の様子が、まるで儀式みたいだって鈴さんが言うものですからおかしくて」
「儀式ってあんた達、自分達の息子に向かって……」
呆れたような雅に千尋と鈴は思わず顔を見合わせて肩を竦めるが、どう見てもそんな風に見えてしまったのだから仕方ない。
「皆が千隼を可愛がってくれて嬉しいです。私達も混ぜてください」
鈴が言うと、雅と菫が自分たちの隣を開けてくれた。そこに千尋と鈴も混ざり、皆が口々に千隼をもてはやすのをしばらく聞いていたのだが――。
「それにしても本当に綺麗な子だな! 菫と鈴の時もこんなに可愛い子はこの世に居ないと思ったが、千隼はそれ以上だな!」
「あなた、孫が出来たら皆そう言うのよ。でもうちは女の子だけだったから何だか男の子は新鮮ねぇ」
「いいか、千隼。千尋に似るんじゃないよ。鈴だ。鈴に似るんだよ」
「千隼君、そろそろおしめ変えなくても大丈夫かしら?」
「流石にまだだろ。さっき変えたばかりだぞ。お前、おしめの気にしすぎだって」
「千隼~ち~ちゃ~ん。はは! おい喜兵衛、見たか? ちーちゃんでこっち見たぞ!」
「弥七ってさ、そんなに子ども好きだったっけ? あ、そうだ! そういえば冷蔵庫にかぼちゃの風鈴があるんだけど、千隼は食べると思う?」
「……」
「……」
皆の会話を聞きながら鈴をちらりと見ると、最初こそ嬉しそうにニコニコしていたものの、次第にその表情が曇り始めたので、千尋は鈴の耳に顔を寄せて小声で尋ねてみた。
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