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第483話
「そうですね。止めておきましょう。ああ、そうだ。鈴さん、あの引き出しから私の鱗を取ってもらえますか?」
「はい!」
千尋が指さした先には造り付けられた棚がある。その引き出しを指さした千尋に、鈴はすぐさま返事をして引き出しから千尋の綺麗な鱗を取り出すと、それを千隼に持たせてやる。
その途端、千隼はそれをグリグリ触って舐めて機嫌が直った。
「ご機嫌ですね」
「はい! やっぱりパパの何かを触っていたかったのでしょうか?」
「かもしれませんね。もしかしたらこれから私がしばしの間ここを離れる事を察知しているのかもしれません……寂しいですね。連れて帰りたいですよ、あなた達を一緒に」
千尋は鱗に夢中になっている千隼を軽く抱きしめてポツリと言った。何だかその背中がとてつもなく寂しそうで、鈴は思わず千尋の背中に抱きついてしまう。
「私もです。本当は泣き出しそうなほど寂しいです。でも……ちゃんと待ってます。千隼と、皆と一緒に。だからどうか一日でも早く迎えに来てください」
「ええ。約束します。少しの間待っていてくださいね、二人共」
静かな千尋の言葉に鈴はいつまでも千尋の背中から離れなかった。千尋も離れろとは言わない。そんな鈴達を見て千隼も真剣な顔をして千尋の鱗を握りしめていた……。
♠
千隼が生まれて一週間。とうとう都から帰還命令が下った。最初は3日程度しか地上に居る事は出来ないだろうと思っていたので、よく耐えてくれたと心の底から友人達に感謝をする。
「鈴さん」
「はい」
「千隼をお願いします。それから皆の事も」
「っ……はい」
泣き出す一歩手前の顔をして鈴が頷く。家族三人で眠る地上での最後の夜。気を使って雅と楽が千隼を預かろうとしてくれたが、それを千尋と鈴は断った。
次にいつ二人に会えるか今のところ分からない。少しでも長く、千尋は鈴と千隼に触れていたかった。
千隼も空気を読んだのか何なのかは分からないが、今日だけは大人しく鈴の子守唄と千尋が読む本を静かに聞いている。
やがて小さな寝息が聞こえてきてふと鈴との間に居る千隼を見ると、千隼はすやすやと気持ちよさそうに眠りについていた。
「今日は随分すんなり寝てくれましたね」
本を閉じて小声で千尋が言うと、鈴は千隼の頭を撫でながら幸せそうに頷く。
「千尋さまの鱗があると安心みたいです」
「だと嬉しいですね」
あれから千隼は千尋の鱗をずっと離さない。今も両手で千尋の鱗を握りしめている。時折顔を顰める千隼をしばらく鈴と見つめていたが、ふと千尋は顔を上げた。
「二人目は女の子だと思いますか?」
「へ?」
「あなたの夢に出てきた二人の水龍は、男の子と小さな龍だったのでしょう?」
「はい」
「性別はどちらだと思いますか?」
「え!? えっと、えーっと……」
突然の千尋からの質問に鈴は目を泳がせて戸惑っている。そんな鈴を見て千尋は笑った。
「なんて、そんな事を想像しながら仕事をしていたのですよ、私は」
「そうなのですか?」
「ええ。早くその夢を叶えたい。自分の為にもあなたの為にも。そして私もその光景をこの目で見たかった。私は家族と共に暮らした記憶がありません。だから余計に想像がつかなかったのです。父親になるという事がどういう事なのか、家族と暮らすということがどういう感情をもたらすのか。だから余計に早く知りたかったのですが……」
「ですが?」
「思っていたよりもずっと忙しく、ずっと幸せでした。いえ、幸せなんて単語では表せません。まさに幸甚の至りですね」
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