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第4話
鈴にまわしてくるような縁談なのだからあまり大きな家柄ではないだろうと思っていたのだが、神森家は侯爵家だ。
けれど、それを差し引いてもお釣りが来そうなほど曰く付きの家柄でもあった。
「何か不服か? お前には丁度良いだろう?」
「……はい」
きっと勇は鈴の容姿の事を言っているのだろうと察した鈴は、ただその決定に従う他なかった。
呆然としたまま廊下に出ると、そこには菫が大きな目をこちらに向けて、ほとんど睨みつけるように鈴を見ている。
「おはよう、菫ちゃん」
「ふん、あんたが居なくなったらせいせいするわね。やっとこの家も元通りだわ!」
「うん……今までごめんね。ありがとう」
「ほんとよ。あんたが居なくなったらあんな蔵さっさと潰して私の部屋にするんだから! 荷物ちゃんと全部忘れず持って行きなさいよね!」
そう言って菫は鼻を鳴らしてドカドカと廊下を歩き去ってしまう。そんな後ろ姿をしばらく見送って少しだけ俯いて鼻をすする。
昔は今ほど仲が悪かった訳ではないような気がするけれど、最近の菫はこうやっていつも突っかかってくる。別に意地悪をされる訳ではないけれど、菫の意図が分からなくていつも戸惑ってしまう。
けれど菫の態度などまだマシだ。間違いなくこの家の中で誰よりも鈴を嫌っているのは久子だから。
何故そこまで久子が鈴を嫌うのか、その理由はこの時はまだ知らなかった――。
翌朝、いつものように朝食だけを作り、身の回りの荷物を風呂敷にまとめて勇から受け取った衣装に着替えて蔵を出ると、いつの間に置かれたのか蔵の前にいつもの風呂敷を見つけた。
風呂敷の中には三角とも俵とも言えない鈴の大好物の梅とおかかのおにぎりがいつもよりも多く入っている。
見かけはいつも不格好だが、このおにぎりが涙が溢れるほど美味しい事をもう知っていた鈴は、それを胸に抱きしめて蔵へ戻ると机の上に今までの朝食のお礼に折り鶴を残して家を後にした。
出る前に母屋に寄って声をかけたが、誰からも返事は返ってこない。蘭は今日は学友と朝から出掛けているし、菫は頭痛が酷いと言って部屋で休んでいる。勇と久子は言わずもがなだ。
万が一神森家に追い出されても、鈴がもうここへ戻る事はないだろう。鈴はこの家にとって厄災の種であり厄介者でしか無かったのだから。
久子はもしも鈴が追い出されたら一生蔵に閉じ込めると言っていたが、これ以上手を煩わせるのは嫌だ。その時は潔く一人でどこかで生きていこうと鈴は心に誓った。
神森家との約束の時間にはまだかなり余裕があった。神森家は鈴の為にわざわざ家まで迎えを寄越すと言ってくれたけれど、鈴はそれを丁重に断った。道中一人になる時間が欲しかったのだ。
鈴は一人きりで家を出て、その特徴的な髪と目を隠すために帽子を目深に被り乗合バスに乗った。
神森家は街の中心から外れた山の中にあった。山の入口までは乗合バスと人力車を乗り継ぎ、そこからは神森家の人が送ってくれるという。
生まれて初めて乗ったバスからぼんやりと景色を眺めていると、このままどこかへふらりと行ってしまいたいような衝動に駆られたが、先立つものが何も無い小娘がそんな事出来るはずもない。
「……神森家……どんな所なんだろう……」
神森家は巷でも噂の変わった家だった。家柄こそ侯爵家という身分で華やかだが、今までに何人もの人たちと縁談をしたにも関わらず、そのどれも一方的に破談にしてきた家だった。
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