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第28話
「コーヒーが思ってたよりも苦かったもんな?」
「も、もうその話はいいじゃないですか!」
ワイワイ騒ぐ二人を見て鈴が思わず目を細めると、正面で千尋が複雑そうな顔をしている。
「どうかされましたか?」
「ああ、いえ、楽しかったのだな、と少しだけ羨ましかったんです」
ぽつりと千尋はそんな事を言った。その声があまりにも切なくて鈴は思わず言っていた。
「日本のお菓子はあまり作れませんが、良ければ西洋のお菓子を作りましょうか? ミルクホールの真似がもしかしたら出来るかもしれません」
「あなたはお菓子まで作れるのですか?」
「はい、簡単な物であれば。幼い頃は母とよく作っていて、レシピもあるんです」
鈴が大きくなったら好きな人に作ってあげてね、と母は鈴に簡単なお菓子のレシピをノートに書き残してくれた。それは本当に簡単なお菓子のレシピだったが、きっと千尋は食べた事が無いだろう。
「それは楽しみですね。私の容姿もあなたと同じように目立つので、洋菓子など外で食べる機会が本当に無いんですよ。本当は噂に聞くコーヒーも飲んでみたいんですけどね」
「コーヒーは危険ですよ! 千尋さま! あれは危険です!」
「そうなのですか?」
「はい! もうビックリするほど苦いんです! とてもではありませんが、砂糖を入れないと飲めません!」
「そんなにですか」
「そんなにです! 姉さんに至っては一口飲んで物凄い顔してました!」
「あんたは倒れそうになってたじゃないか! 平気だったのは鈴だけだよ」
「鈴さんは飲めたんですか?」
「あ、はい。子供の頃、父がよく飲んでいたので。ミルクコーヒーもだから、とても懐かしかったです」
よく父親の真似をしてブラックコーヒーを飲んで母親に叱られていた。その度にミルクを注がれ、はちみつまで入れられたものだが、実を言うと鈴は大人になった気がするのでブラックの方が好きだった。それでも今回ミルクコーヒーを注文したのは、母の味がするかどうか試してみたかったからだ。残念ながら母の作るミルクコーヒーとは違ったが、それでも十分懐かしかった。
「そうですか。それは機会があれば私も是非飲んでみたいですね」
千尋はまるで鈴が何を考えているのかが分かるかのように微笑む。
「はい、是非」
まるで鈴を気遣うような千尋に鈴も小さく微笑んだ。
怒涛のような一日が終わり、翌日から鈴の服装は雅が大量に購入した洋服になった。千尋の言う通り、サイズの合わない着物よりもサイズのあった洋服の方がまだ見苦しくないだろう。
「鈴、あんた今日は弥七の所行くんだろ?」
「雅さん、おはようございます。はい。今日は注文していた新種のお花が届くそうなんです」
「へぇ。弥七がわざわざあんたに教えたのかい?」
「はい。先日庭を散策していたら教えてくれました」
この庭には見たことも無い花や木が沢山ある。佐伯家では食事の準備をする以外はほぼ蔵に居たので、こんなにも間近で花や木を愛でるのは初めてだ。
「あんた花が好きだねぇ」
「形がどれも綺麗なんです。何ていうか、花びらの一枚一枚が計算されつくした完璧な形をしているじゃないですか」
「う~ん……あたしは花なんて食べられないから好きでもないけど、そういや今までの娘たちも花が好きだったね」
雅はそう言っておもむろに部屋を出ていこうとする。
「あ、雅さん、一緒に行かないんですか?」
「ちょいと用事を思い出したんだよ。あんたは楽しんできな」
「……はい」
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