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「誰にも言わないで」
あの子の最後の言葉だった。言い終わると同時に電話が切れた。あの子が亡くなったと知ったのはそれから3日後。時間を捨てるようにスマホを眺めていた時、目に飛び込んできた。"インフルエンサー・春香さん死去 自宅で死亡している状態で発見" 知っている顔と知らない名前。鈍器で殴られたようだった。いつもの癖でコメント欄を開くと地獄が広がっていた。
"信じられない"
"なんで死んじゃったの"
"誹謗中傷酷かったもんね"
"この人誰?"
"パパ活してたのほんと?"
画面越しにしか見ていなかった人間が好き勝手綴る文が何百とあった。スマホを投げるように置き、トイレに駆け込み嘔吐した。動揺か罪悪感か安心か。身体の中にあるものを全て吐き出した。
あの子と出会ってから16年が経とうとしていた。その数字が増える事はもう無いけれど。一クラスしか無い小さな田舎の小学校からの同級生で、お互いこいつとは仲良くなれないだろうと思っていたが、くだらない喧嘩を繰り返しながらなんだかんだ一緒にいた。大学から違う学校に行っていたが月に一回は会っていた。
ある日、
「あげた動画がバズったー」
とか言っていいねが桁外れの動画を見せてきた。いいねを押せと強要してきて、この数まで増えたハートに私が一つ増やしたところで何が変わるんだと思いつつ押してやった。大学に入ってからあの子は変わった。綺麗に巻いた髪、淡い色のチーク、グレーになった瞳、華奢な腕。元々綺麗だったあの子はより綺麗になった。初めてあの子が私の前でべろべろに酔っ払った日、箸で私を指しながら
「なんかずっと変わんないよね。捻くれてるとことか、見た目もだけど。そんなだから彼氏出来ないんだよ」
とか言って1人で笑った。あの子の変化を心臓と脳とで、はっきりと実感した。"よく遅刻するようになったね。ありがとうとごめんねが言えなくなったね。嫌味を言うようになったね。" あらゆる言葉を飲み込み
「そっか」
とだけ言った。あの子はなんも考えていなさそうに笑いながら水のように酒を流し込んだ。私の大好きなくしゃっと笑う顔は変わっていなかった。その日を境に会わなくなり、見る度にフォロワーが増えていくあの子のアカウントを眺めるようになった。画面の中にいるあの子は変わる前のままだった。チヤホヤされているコメントに苛立ちを覚えた。私だけが知っているままでいたかった。高校までのあの子は私からしたら全てが完璧だった。小さい事によく気がつき、顔に出してないつもりでも何もかもバレていた。未だにどういう類か分からないがあの子が大好きだった。自己肯定感が低い私を咎めるあの子も、私に何かお願いする時に眉毛を下げる顔も、事あるごとにありがとうと言うあの子も、私が話す言葉に合わせコロコロと変える表情も、全て。
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