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乾燥が苦手な海獣の獣人や水族が多く暮らすウィングノーツでは大半のアパートにバスルームが付いている。
築40年を越えるよどみ荘もまた然り。昔ながらではなくモロに昔の所々が剥げかけた青いタイル貼りの狭い浴槽が洗面台の隣にある―――所謂ユニットバスだ。
いつもならシャワーを浴びて汗を流したいところだが、どうも猫が気になって、手当てを終えてからすぐ部屋へ戻って来てしまった。
寝室と居間が一体になったような部屋を月の光が斜めに走っていた。そこで電気を付けていないことに気付いた。
月の光だけを頼りに猫のいる段ボールへと歩み寄る。そっと上から覗くと、猫は丸まって眠っていた。寝息を立てるたびにふわふわの毛がかすかに揺れる。
さっきまでビビっていたというのに、度胸のある奴だ。
「……おまえ、捨てられたくせに泣かないんだな。」
眠る猫にそう話しかけていた。
段ボールの横に腰を下ろす。落ちていた弁当のパックが尾びれに当たって、ぱりぱりと床を滑る。
ガキの頃の記憶がゆるやかに脳の真ん中から浮上してくる。息を吸うようにフラッシュバックが起こる。
あれは21年前の桜の月の19日だ。
日付まで覚えているのはガキだった俺にとってその日のことが忘れられないからだろう。
小学生の高学年だった俺は両親と3人で団地のアパートで暮らしていた。全員が全員純血のホホジロザメの水族。
俺が産まれるより前に流行ったホホジロザメが人々を襲うパニック映画の影響でホホジロザメの水族の印象は怖い、危ない、近寄りづらいの三拍子。とんだ風評被害だ。
だから、俺達ホホジロザメが世間で上手くやるには常に笑顔で誰にでも優しくする必要がある。
これ、種族限らず、皆にも言えることだよな?
ただ、その第一印象最悪のホホジロザメが暴力に取り憑かれたのが俺の親父だった。
親父は真面目なサラリーマンで外面はよかったが、家の中では俺とおふくろを暴力で支配していた。
おふくろのやること為すことに口を出し、反発しようものなら手が出る。それは俺にもだ。
なんで親父が家に帰ると、人が変わったように俺やおふくろを殴ったり蹴ったり罵ったりしたのかは分からない。考えたくもない。
今ふり返れば、自分の中の消化できない感情を自分に決して逆らわない俺やおふくろにぶつけることで自分を保っていたのかも知れない。そうでもしなければ、生きられなかったのかも知れない。
武術を習ってなくても体がデカいホホジロザメが拳を振るえばタダでは済まない。俺もおふくろもいつも顔やら腕やら痣だらけだったが、同じアパートの住人に誰もそのことを気に留める者はいなかった。
子供心なりに住人達からは遠巻きにされているのを察した。まるで住人達と俺とおふくろの間に見えない境界線でも引かれているかのようだった。
大人がこんな感じなんだ。
同級生もなんか関わったらヤバい家の奴と認識していたらしい。俺に友達はいなかった。
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