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今でもよく思い出す。
昼休み、グラウンドへ駆け出すクラスメイト達の後に何となく着いて行く。
俺を挟んでブランコがあって、砂場があって、その向こうにクラスメイトがいる。視界の隅には桜が咲いていて青い空はぼんやり烟っていて、胸は冷たい。遠くで皆のはしゃぐ声が聞こえる。
群れるから、居場所がない苦しみを知るのだと分かった。それでも、学校に通い続けたのはおふくろに心配をかけないためだった。
「レイジ、今日のおやつはかりかりパンにしとくね。」
その日もいつものようにおふくろは学校へ行く俺を送り出してくれた。
おふくろは親父の暴力からいつも俺を守ってくれた。
人はよく、辛かったら逃げてもいいんだとか、助けを求めてくれとか言うけれど、実際はぶたれることも罵られることもそれが当たり前になっていたら家から逃げるという選択肢は頭に思い浮かばない。
おふくろも俺も親父を置いて逃げなかったのは、親父が弱い人だということを知っていたからだ。
夜になると親父は泣いていた。
泣いているところを親父は家族に見せないようにしていたが、同じ家に住んでいたらそんな親父の姿を目にすることは何度もあった。
キッチンのシンクの上に据え付けられた蛍光灯の淡い光の下で、布団の中で親父は声を出さずに泣いていた。
なんで親父が泣いていたのかはガキの時も今でも分からない。もしかしたら、俺達の知らないところで傷付いていたのかも知れない。
この人は弱い人なのだ。
だから、俺達を殴るのだ。
暴力は痛みから生まれるものだった。
人が拳を振り上げるその時、人を突き動かすものは何だろう。
おまえなんかクズだ、のろまだ、あっちに行けとわめきながら親父は何度も何度も俺を殴った。
ここから逃げ出したい。母ちゃんと遠くに行きたい。
殴られるたびにそう思うのに、一度も俺はおふくろに逃げようなんて言わなかった。
愛だったんだと思う。
親父もずっと暴力を振るうわけではなく、嵐の合間のように優しくなる時があった。その時は俺もおふくろもそれまでの仕打ちを忘れて親父と一緒になって笑っていた。皆で手を繋いで出かけた。
優しい記憶があったから、親父の弱さを知っていた。親父が傷付いていることを知っていた。
だから、俺達は器になった。
親父が壊れないように、溢れる親父の痛みを受け止めるための器に。
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