2.沈む

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 回想は痛みを伴う。  何らかの出来事、あるいは匂いや音から不意に閉まい込んでいたはずの記憶は呼び起こされる。  いつの間にか、息を止めていたらしい。  喉につかえていた息を吐き出す。俺の呼吸だけが真夜中の部屋にぜえぜえ響いて静寂の中に吸い込まれていく。  もう一緒に暮らしていないのに、未だに親父に怒鳴られる夢を見て目を覚ますことがある。  暴力の記憶は永遠に付きまとう。一生忘れることは無い。  だが、あれほど恐れた暴力を今は俺自身が生業にしている。  それどころか、誰かの血を見るのも浴びるのもセックスと同じくらい気持ちが良かった。  そう感じるのは俺がサメだからか?違う。俺が俺だからだ。  痛みも快感も思い出も全部俺のものだからだ。  だから、苦しい。簡単には切り離せない感情に気が付くと支配されている。  苦しい。苦しい。誰か助けてくれ。  どこで間違えた?  痛みを通してでしか人と繋がれない。俺は狂っているのかも知れない。  また痛みに呑まれた。  クソ、と声に出して呟く。頭を抱えて蹲ると、ふす、ふす、と細い呼吸の音が聴こえる。その音はこの部屋に住むもう一匹の生き物のものだった。  「あぁ―――。」  段ボールを覗き込むと、子猫はしずかに寝息をたてながら眠っていた。子猫が寝息を立てるたびに小さな体が上下に動く。  自分が捨てられたことをこいつは知らないから、こうして眠っていられるんだ。  幸せな奴だ、本当に。  俺もそうでありたかった。大切な人がいつも傍にいてくれることを無条件に信じることができたらどんなによかっただろう。  このちっぽけな生き物に触れたい。  でも、もし触って起こしてしまったらいけない。  目を閉じて命の気配に感覚を委ねる。鼻先にあるロレンチーニ器官―――生き物の電気信号を拾うサメ特有の器官でここを掴まれたら動けなくなるから厄介だ―――が絶えず、子猫の心臓の鼓動を拾い続ける。  「……あったけぇなぁ。」  触れなくても分かる。命は温かい。  あぁ、今、俺は痛みを介さなくてもこいつと繋がっているんだ。  なぜだか、その事実に安堵すると同時に眠気が押し寄せてきた。    
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