2.沈む

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 こいつと過ごすのも今夜限りだ。  この温もりを少しでも近くで感じたくて、床で寝ることにする。  寝転ぶ前にベッドの枕元に置いてあるラジオを手に取る。電源を入れるとノイズが走ってから電波を通して切れ切れに言葉が拾われていく。  世界と俺が少しずつ少しずつ繋がる。ラジオから聞こえる言葉が明確になるにつれ、肉体の輪郭をはっきりと意識できるようになる。  ガキの頃、俺が眠れないでいると、おふくろはなぜかラジオをつけてくれた。  「海の中にいるみたいでしょ?」  おふくろが優しく笑ってそう言っていたことをはっきりと覚えている。  ノイズ混じりに流れていく声をぼんやり聞いていると、本当に海の中にいるような気がした。  深海で暮らしたことはないけれど、きっと、陸から遠く隔たれた海の底は静かでどんな命も優しく抱きしめてくれるんだろう。そこではきっと、俺もおふくろも傷付くことはないし大人達の陰口も闇の中に吸い込まれて消えていく。  纏わりつく痛みから逃げ切って自我を持って生きることを許された時、初めて息がしやすくなるはずだ。  ―――大丈夫、大丈夫、あなたはとても強いもの。  頭を優しく撫でてくれた手と慈しみに溢れた声はもう遠くて、思い出すたびに胸の奥が引き絞られるように痛む。  ラジオの声に包まれながら、ガキだった俺はいつの間にか眠っていた。  その時から今まで時間が止まったまんまだ。図体と態度ばっかりデカくなって、今じゃ誰からも賞賛されないゴミみたいな人生を送っている。  まだ俺の自我の根底には親父がいる。  目を閉じると、部屋全体が青く染まっているような気がした。  誰かの合格発表を祝うパーソナリティーの声と子猫の寝息が重なる。  俺以外の息づかいがこの部屋にあるということに心が安らいだ。  なんてことない、ただ猫を引き取っただけの夜。  けれど、生涯この夜を忘れることはないだろうと思った。
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