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3.噛む
「おはようございます。午前7時の交通情報をお伝えします―――」
着けっぱなしにしていたラジオから流れる声で目を覚ました。
床で眠っていたせいか、体のあちこちが痛い。
凝り固まった首筋をさすりながら立ち上がって、ラジオの電源を切った。
猫の様子はどうだろうか―――。
ごとごとと音のする方向を見ると、段ボールが小さく揺れている。
みぃみぃとしきりに鳴く声も聞こえる。その声はどこか不安げな様子だった。
箱を上から覗くと、子猫が覚束ない足取りで箱の中を歩き回っていた。
不器用に四本足をばたつかせながら、何とか外に出ようと子猫はぐるぐる段ボールの中を回っている。
きっと、俺が目を覚ます前からこうして、箱の中を回っていたのだろう。
「おはよう。」
段ボールの中の猫に話しかけたのはガキの頃に公園の猫に話しかけていた時の名残なのかも知れない。
子猫は俺の声にびくりと震えると、出会った時のようにしゃーっと唸り声を上げて毛を逆立てる。
いくら体を大きく見せようとしたところで、その毛並みはたんぽぽの綿毛のようにしか見えないのに。
「元気そうでよかったよ。」
弱ってはいるが威嚇をする元気はある。
いや、そうじゃない。
自分の身を守るために、生き抜くために、力を振り絞って威嚇をしているのだ。
やっぱり、こいつは飼い馴らされた生き物とは違う。人に心を許さない野生の生き物だ。
懸命に自分の力だけで生きようとする本能がこの小さな剥き出しの命に宿っている。
子猫の眼は命のひと欠片まで燃やす勢いで強く輝いていた。
その必死な姿を愛おしいと思った。
昨晩は触れることができなかった血の通った温かな体に触れてみたくなった。
ふと湧き上がった柔らかな衝動に導かれるまま、そっと人差し指を子猫の背中へと近付けた―――瞬間、子猫はどこにそんな力が残されていたのかと思うほどの素早さで体をのけ反らせると、俺の指先に噛み付いた。
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