最終章 地獄の子

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 「えぇーっと……。」  シャチは記憶を手繰るようにまじまじ俺を見て、  「あーーーっ!!!」  バカデカい声を上げて驚く。  「おまえ、あの時の人喰いザメ?!」  ようやく、過去と現在が噛み合ったらしい。    「生きてたのか〜〜〜!」  シャチは俺の腕を右手だけで掴むと空いた左手で力いっぱい背中を叩いて言う。  心からほっとした様子でそう言ったシャチへ返す言葉を無くした。  それはこっちの台詞だ。  あの時、俺は道端で肩がぶつかっただけのアシカの獣人からカツアゲをしていたところだった。  ちょうどその時にアシカの友達だったシャチがたまたま通りかかり、友達が胸倉をつかまれて俺に脅されているのを見て、アシカを守るために喧嘩を売ってきた。  本能をコントロールするのを辞め、常に血に飢えていた俺はシャチに襲いかかり、お互いに路上で激しくやり合うこととなったのだが―――。  「……あの日からおまえのことを考えない日はなかったぜ。」  そう言うと、シャチは首筋の傷跡を左手の指先で叩きながらにやりと笑う。  「全く、派手なキスマーク付けやがって。あン時は超痛かったしガチで死にかけたんだからな。おまけにおまえに噛まれた傷のせいで一年留年する羽目になるわ入院している間に他校の弓道部のシャチに彼女を寝取られるわ……あァ~~~っダメだァあああ~~~当時を思い出したら泣きそう!!!」  きゅうん!  デカい体には不釣り合いなホイッスル音を出してシャチは頭を抱える。  イルカやシャチ、ゴンドウといったクジラの仲間は超音波を使ってエサとなる魚を探したり暗い海の中でも障害物を避けたりできるだけでなく、常に超音波で仲間内でコミュニケーションを取り合っている。  獣人となっても、その生態は受け継がれていてクジラ族にはお喋りな奴が多い。当然このデカブツもそのうちの一人だ。話がどんどん方向違いのところに脱線しているのに気付いていない。  「……うるせぇな。」  ただでさえ、腕が痛いのに頭が痛くなってきた。不満を吐き捨てると、シャチははっとする。  「あぁ、悪りぃ!」  苦笑いを浮かべて謝るとシャチは腰に提げていた防水ウエストポーチから手際よく消毒液と包帯を取り出す。  「積る話は後にして今、手当てしてやるよ。安心しな、俺はそこの”さんさんビーチ”でライフセイバーをやっていてな。これぐらいの傷、ワケも無ぇ。」  さんさんビーチ―――地元民ながらアホくさいネーミングだと思う―――はここから一番近い海水浴場だが徒歩で20分ほどかかる。  なんで、そこのライフセイバーが朝早くからこんなところを一人でうろついているんだ?  「見たとこ、猫ちゃんも弱ってはいるが何か食ったら元気になりそうだし。」  そんな疑問はシャチが子猫について触れてきたことで一瞬にしてかき消えた。    
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