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僕は、郁美さんを二人きりの食事に誘うかどうか迷っていたと思う。
自分の気持ちに気づいている女性となら、どこへでも誘えたように今では思うが、まだプライド高いくせに奥手だった僕は万が一うまくいかなかった時のことを恐れるあまり、それを先へ延ばし延ばしにしていたのだった。
このような臆病の人間は、好機に鈍感になり、不運に落ち着きを得てしまう。
ゼミの飲み会の席で、あの冷静沈着な郁美さんが酒にひどく酔って倒れてしまった。
僕がその赤らんだ顔を覗くと、彼女は少し涙目になっていた。
それから彼女はいつもの小さな声で「ごめんね」といった。
それだけで、僕は一瞬で何のことか分かってしまった。
悲しいかな、この頃の僕に驚きが先立つことは決してなかった。
妄想が強かったためか、何事につけても不幸を予感し、カタストロフィを覚悟し、それがまもなくやって来るだろうといつでも構えて待っていた。
周りにいた皆は酔っ払いの戯言と思い込み笑い転げていたが、彼女は横たえたまま息を吐き出すように何度も「ごめんね」「ほんとごめんね」と繰り返した。
「何が、ですか」と惚けて僕も幾度と訊いたが、もう僕らが始まることなく終わってしまったことを改めて確かめてしているに過ぎなかった。
その夜の解散時にも彼女は、同回生の女性に身体を支えられながら、まださらに僕に謝ってきた。
普段は沈着冷静、理性的に振る舞う彼女を、それほどまでに酔わせた理由は何だったのだろうか。
これだけはどうもよく分からなかったが、僕らに出てしまった結果には何の影響も及ぼさないことなので、のちになっても推し量ることはせず、疑問を疑問のまま静かに捨て置いたままである。
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