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第1話 桜・3
「御前崎……? こんなとこで何やってんだ?」
門脇の疑問は、当然だ。
御前崎美羽の所属する文学部教棟は中庭を通らずとも、大講堂のさらに西。理科学教棟とは、まったく方向が違う。
「た、たまたまよっ! 荒木先生へのレポート提出って用事があったから、理科学教棟に来たまでよ! 別に門脇君と家永先生が気になって、わざわざ盗み聞きになんて来てないんだから、ねっ!」
やや早口で、やたらに感嘆符が多く美羽は自分の行動を説明した。
「あ、ラッキー先生か」
家永の隣の研究室が、荒木研究室である。
「そうよ。誰かさんと違って、授業とれたらラッキー! 楽勝で単位くれる先生なんだから、ねっ」
学生たちは上手いあだ名をつけるな……と家永は思った。
家永は、すこぶる公正にそして誠実に成績をつけていた。それは、授業に出ない、出ても聞いていない学生には厳しい採点となっている。
対して荒木教授は、レポートやテストの良し悪しで単位認定する。それも比較的かなり甘めに。だから他学部学生に人気があり、選択教科で授業を取るのは至難の業。授業が取れたら単位も取れたも同然、ラッキーだ……というので「あ、ラッキー先生」と学生から呼ばれていた。
あだ名がついた経緯を知らない荒木先生は、ご自身でも
「なんだか、幸運っぽいあだ名付けられちゃって」
とまんざらでもなさそうに笑っていたのを、家永は思い出していた。
しかし腑に落ちないのは、美羽の言い方だ。
(誰かさんと違って……?)
「……確か、君には単位認定した筈だが」
日頃の授業も刺すような視線で真剣に受けていたし、答案では筆圧強めのかなり濃い極太文字で書かれた答案だったが内容だって及第点に達していた。落とした覚えはない。
「ええ。確かに、家永先生の単位もいただきました」
「?」
文学部の一般教養選択科目なら1個取れば十分なのに、なにゆえ不必要な荒木化学も取ったのか。
家永と門脇には理解できなかった。
二人から、不思議な視線を送られて美羽は
「……私、実は理科が好きなので」
と苦しい言い訳をした。
(まさか門脇君の傍に居たいって理由で、無駄に理科分野の単位を取ってるとは言えない……)
御前崎美羽。
ミス慶秀大に2年連続君臨するFカップ美女でありながら、中身は高校時代から門脇蓮に恋する乙女であった。
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