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第2話 シロツメクサ・2
二人が、ドリンクバー二杯目のスペシャルブレンドを入れて席に戻った時だ。
「そういや、荒木先生は元気か?」
不意に知己が聞いた。
「!?」
家永は飲んでたコーヒーを吹きそうになった。
つい先日、御前崎美羽が門脇会いたさに見え透いた嘘ついて家永研究室に乗り込んできた……その出汁にされた先生の名前だ。
(門脇君関係の話題は避けようと思ってたのに……)
御前崎美羽の名前が出れば、芋づる式に門脇蓮の話になりそうだ。
「……どうして、急に?」
努めて平静装って問えば、
「あの先生、化学専科なのにやたら動物好きで、生物学の先生が残していったグッピーの世話をせっせとしていただろう? 突然変異の話してて、ふとグッピーと荒木先生のことを思い出した」
グッピーとは、いわゆる観賞魚だ。美しい色、ヒレの形、尾の長さでコンテストも行われるくらいマニアでは有名で、貴重種だと万単位で取り引きされる。この観賞魚、実はメンデルのエンドウマメ遺伝実験と同じくらい、交配された親の遺伝子を忠実に再現する生き物。生物学の間でも有名な魚だった。
そのため、家永の前任者の生物学の教授が理科学教棟廊下で飼ってたのだが、教授が退官した後はなぜか家永ではなく荒木先生が世話をし、グッピーを愛でていた。荒木先生は情に厚く、学生だけでなくグッピーにもラッキーな先生だった。
「ああ、元気だ。多分……」
「多分?」
というのも授業や実験の関係もあって、隣の研究室だというのに家永も最近荒木先生にちゃんと会っていない。先日の御前崎美羽の話で、ようやく名前が出てきたくらいだ。
「あの方も退官近いんじゃないか?」
「そうだな。だがグッピーの水槽が常に綺麗な所を見ると元気だと思われる」
「そうかー。俺もかなり世話になったけど、御前崎辺りが荒木化学を選択しそうだなと思って……」
今度こそ、家永は咽た。
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