第12話 冬薔薇・1

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第12話 冬薔薇・1

 門脇が、パシリにされて随分経つ。  以前から何かにつけて買い出しを頼まれてはいたけど、こうまで毎日ではなかった。  別に苦には思ってなかった。  それよりも、突然家永から 「すまなかった。これからは自分で行く」  と言い渡された時が、一番ショックだった。  暦の上では「冬」。日が落ちるのも随分早くなっていた。 「お、もう真っ暗だ。そろそろ夕飯時だな」  門脇は自分の実験に、家永は論文に没頭していて、いつの間にか時計は18時を回っていた。他の学生はそれぞれの課題を早々に切り上げて帰り、気付いたら研究室には二人だけになっていた。 「先生、なんか買ってくるよ。あ、でも購買部はもう閉まっているから、ちょっと遠い文法(人文学・法学部)棟近くのコンビニまで行くしかねえなぁ」  と独り言ちた時だった。  家永から、パシリ解雇宣告を受けたのは。 「え? なんで? そんなに買ってきたものが先生の好みじゃなかったか?」 「いや、そうじゃない。それは恐ろしいほどの的中率だった」  頭脳明晰な上に研究熱心な門脇は、いわゆる「鬼に金棒」状態だ。家永の好みを分析し、熟知しすぎるくらい把握していた。好みを外す事などなかった。 「ただ自分の行いを反省してのことだ。研究生の君に、つい甘え過ぎてしまったと気付いた。完全にアカハラ(アカデミック・ハラスメント)だと思う」 (とんでもないしっぺ返しの夢を見たことだし、な)  正直、あの夢こそが家永にはかなりの痛手だった。  心理学の教官に 「やたらにリアルな人が出てくる……とんでもない内容の悪夢を見たんです」  と相談した。 「睡眠中の脳は割と無防備なんです。現実世界で無意識にかけてた規制が外れ、深層心理が出やすい。家永先生とそのリアルな人との関係……不安や憂い、もしくは願望が形になっているだけです。心配いりません」  と言われ、 (……心配しかない!)  と思った。
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