第2話 シロツメクサ・2

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「だけど、門脇君はプリンとコーヒーまでも差し出してきたんだ」 「……家永……、お前、また飲まず食わずで仕事してたのか」  想像に難くない。  家永は研究に夢中になると、寝食忘れて没頭してしまうタイプだった。それで体調崩すこともよくあった。 「あの日俺は昼までほとんど何も食わずに、昨日までの実験結果をまとめてた。買い出しに行ってくれた門脇君は、なんと、購買部の幻・蜃気楼・都市伝説・ツチノコと言われるカツサンドを買って来たんだ」 「え。それはすごいな。門脇の奴、どんだけ強運?」  知己が在学中にもほとんどお目にかかれていない「購買部のカツサンド」だ。 「それを並べて、あいつは『門脇君が欲しい』と言わなければ、やらんと言った」 「鬼か。鬼の所業か」  思わず同意したが、門脇なら通常運転だ。 「金を出したのは俺なのに、なぜお預けを食らわねばならんだ?」 (……門脇だもの)  某詩人的に知己は思った。 「そんなことされたら、逆に意地でも言いたくない。だろ?」 「だな。まったくもって人の神経逆撫でする行為だ」  と言いながらも知己は、やっぱり (だって、門脇だもの)  を繰り返していた。 「俺は言わずに膠着状態となった。するとあいつ、更にプリンとコーヒーを出してきやがった」 「ひでえ!」  門脇の無駄に高いネゴシエーション能力に、知己が唸る。 「でも我慢した」 「それでも踏みとどまったのか、家永」  知己は、全力で家永を褒めていた。  家永は満足そうに、クラブサンドの脇に添えられたパセリをぽいと口に放り込む。家永は、皿の上のものは全て食べることにしている。パフェにおけるミント、料理におけるパセリは大切な役割があると、家永は決して残すことがない。   「……だがな、トドメに期間限定チョコレートを出されて……」 「……」 「俺はやむなく、……言ったんだ」 「そっか。……それは仕方ない」  異常に知己は納得していた。
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