第2話 シロツメクサ・2

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+++++ 「家永、頑張れよ」 「おう」  知己が車で家永のコーポの前まで送った。  数年前に大学が移転したのに合わせて、家永も引っ越した。准教授になったのに実験の合間に寝に帰るだけの家永は、住まいにこだわりがなく、1LDKロフト付きのコーポを選んだ。おかげで学生も何名か下宿していて、時々鉢合わせては「い、家永准教授?」と慄かれる。そこから徒歩10分で大学の正門に着く好立地では仕方ない。  そこから見える大学に (随分変わったなぁ)  と、知己は目を細めた。  家永が車から降りると、 「門脇は性格と口と素行が悪くて、無駄に交渉上手でズル賢い奴だが、決して悪い奴じゃないんだ」  やはりどこか心配で、つい忠告をしてしまう。 (どこをどう聞いても、悪いヤツだな)  と家永は思わないでもない。 「元担(元担任)の立場から言えば、どうか見捨てないでやってほしい」 「そうだな」 「お前の親友の立場から言ったら、気を付けて欲しい」 「……ややこしいな」  内心 (いや、それなりに欲しかった人材(学生)だし。一応、俺はウェルカムだったんだが)  と思ったが、それを言うとまた知己が不安そうな顔をするに違いない。  家永は、そこまで出かかった言葉を飲み込んだ。 「門脇君と、うまく付き合ってみせるよ」 「つ……、付き合っ……?」  言葉の選択ミスで、やっぱり知己は泣きそうな顔になった。 「訂正する。うまく……か、躱してみせる?」  と言い直すと、知己の顔のこわばりが解けた。 (平野も大概、ややこしい思考になっているなぁ)  門脇をはじめとする難しい高校生を相手にしている所為か。  5年もメンドクサイ男と付き合っている所為か。 「お前も頑張れよ」  家永が窓越しに言うと、 「大丈夫。今年の俺の受け持ちは、すこぶる素直な高校生ばかりだから」  知己は勘違いして笑顔で答えていた。  知己が去って、ややして足元を見ると、コーポの周りにもシロツメクサがわさわさと茂っているのに気付いた。  誰も気付かずに踏んでいるだろう。探せば四つ葉の一つや二つ、なんなら五つ葉だってあるかもしれない。 (……めんどくさ)  家永は (珍しくもないどこにでも生える多年草だ)  と思い、探さずに部屋に戻っていった。           ー第2話 シロツメクサ・了ー
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