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第1話 桜・1
桜の花びら舞う四月。
まだ着慣れぬスーツに身を包んだ新入生達で、慶州大学の大講堂は賑わっていた。
初々しい空気を横目に
「入学式か。懐かしいなぁ」
と、理科学部3年になった門脇蓮が呟いた。
慶州大学では成績1位の者が、入学式で学生代表の挨拶をする。
二年前にその大役を務めたのは他でもない、門脇蓮だ。それで、今年の代表が噛みまくった挨拶に
「だせえな」
と、不甲斐ない思いを抱いていた。
「門脇みたいに心臓に毛の生えたヤツばっかじゃねえよ。あれが普通」
Tなんとかという電気ポットにも似たあっという間に沸点に達する門脇に、菊池周人は長年の付き合いで遠慮なくものを言った。
一歩間違うと殴られかねない菊池の発言だったが、ご機嫌な門脇はそれを穏やかに聞き流した。
大講堂の先には学食がある。それに通路挟んで隣接する建物には購買部があった。そこで、門脇はお目当てのたまごサンドとカツサンド、サラダとプリンとコーヒーと、食後や実験の合間に摘まむチョコレートまで買った。今期より正式に門脇の指導教官となった家永晃一准教授の好物を、全てゲットできて満足そうだ。
「しかし……門脇がパシリする日が来るなんて、ねえ」
うっかり本音を吐露し
「パシリじゃねえ」
今度こそ菊池は小突かれたが、その程度で済んでラッキーである。
「あの人、ほっとくと実験に集中して何にも食わなくなるから、な。俺が自主的に買いに行ってるだけだ。しかも毎回金も多めにくれるから、俺も先生も有難い。ウィンウィンの関係だっつーの」
(それが奇跡だっつーの)
門脇の言葉を真似しつつも、学習して、今度は声に出さずに菊池は思った。
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