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「……何の音?」
「15分経ったアラームだ。俺は研究室に帰る」
「あ、そ」
別に、お互い一緒に居たいわけでもない。
美羽はあっさり返事した。
「ミス慶秀大は、どうする?」
「私はもう少しここで藤を眺めていくことにするわ。藤色……素敵な色よね。この淡い紫、好きだなぁ」
美羽は、うっとりと藤棚を見つめた。
「……」
だが、家永の方は何か言いたげだ。
「……何よ。何か文句あるって言うの?」
不審に思った美羽が訊くと
「藤もそうだが、もうすぐ咲きそうな菖蒲もそうだ。この時期、青や紫の花弁の植物が多い理由を知っているか?」
「え?」
そんなこと、考えたこともない。
(なんだろう、急にそんなことを聞いてきて……。門脇君に関係あることなのかな?)
「……」
美羽は考え込んだ。
だが、答えは出ない。
「……時間切れ。不可だ」
腕時計で計時していた家永が、いつもの口調で言うと
「ちょっと! そんなこと急に言われても、分かんないわよ。私、文学部なんだからね! 専門分野外の話をしないでよ。こんなことでこの間の単位取り上げたりしないでしょうね、先生」
美羽が噛みつくようにまくし立てた。
「こんなこと……? 君のためを思って言っているのに?」
意外な家永の言葉に
「え……?」
と美羽がストップモーションにかけられる。
(き、君のためって……!?)
全く眼中ない家永准教授の不可解な言葉に、美羽の頬に怒りではない理由で朱が挿す。
(いやいやいやいや、誤魔化されない! 私には門脇君という素敵な彼氏役の人がいるんだから……!)
美羽は心の中で大きく首を横に振った。
「……青や紫の花弁が多いのは、紫外線が多い季節だからだ。虫の目を惹く。虫媒花の生き残るための手段だ」
思ってたのと違う話だった。
「え?」
美羽の大きな目が、不可解そうに半分ほど閉じられる。
「し、紫外線……!?」
思わず頭上を見上げてみれば、満開の藤の隙間から、五月の陽光が降り注いでいる。
「池の光の反射、日陰だって侮れない紫外線量だぞ。三連覇を狙うのなら、そういうことにも気を付けた方がいいのでは?」
それだけ言うと家永は美羽にくるりと背を向けた。
だが、その家永を追い越して美羽が
「やばばばば……!」
慌てて建物の中にダッシュで避難した。
家永は
(さすが、うちのミスだ。脚力も大したものだ)
と、真面目に感心していた。
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