第1話 桜・1

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 そんな門脇達の目の前を、風に吹かれた桜の花弁が数枚ざあっと儚げに舞い散る。  門脇は、規則性のない動きの一枚を難なく片手でひょいと掴んだ。 (相変わらず、恐ろしい動体視力だな)  最近でこそナリを潜めているが、身長169㎝(本人は170㎝と言い張る)の門脇は、なにごとも「武力解決」を行う。揉め事でないものも揉め事にしてしまい、それを全て腕力で解決してきた。時には彼の機嫌一つで、被害は近隣の学生にまで及び、恐怖に陥れてきた。男子として小柄な彼が覇道のど真ん中を歩むには、先手必勝は欠かせない。罪悪感なく襲い掛かる瞬発力に、一発(ワンパン)で沈める剛力。そして、一発で仕留められずとも相手の攻撃を紙一重で避けて受けないのもその理由の一つだった。  以前、興味半分で菊池と共にスロットマシンをやった時も、この恐ろしい動体視力で門脇は勝ちまくって、菊池は負けまくった。もちろん、当時は20歳未満だったので、違法行為。だが、その善悪の判断基準も全て門脇の気分に寄る。だから、とかく始末が悪かった。  その門脇が、教官である家永の体調を心配するなど。 (随分、更生したな。門脇……)  小学5年生からの付き合いある菊池には、今、こうして家永准教授のお使いを門脇がおとなしくしているなんて、信じられない光景である。 「……地球温暖化の所為だろうな。この時期、もう桜がほとんど残っていねえな」  桜のシベが大量に落ち、中庭の向こう……家永の待つ理科学教棟までの道を花びらよりも濃いピンクに染めていた。 「なあ門脇。一緒に学食で食わねえの?」  菊池が中庭で立ち止まって聞くと 「すまん。思ってたよりも美味そうなのがあって、つい買い過ぎた」  たまごサンドとカツサンド。購買部では超人気商品でなかなかお目にかかれない。すぐに売り切れるレアものの存在に、門脇はつい多く買ってしまったのだ。 「家永先生だけじゃ食えんだろ、これ」  と、レジ袋を掲げる。 「俺は先生と一緒に食べるから、学食には行かねえ。お前らだけで食ってくれ」  そういうと門脇は、菊池に背中を向けた。 (御前崎ちゃんが、また荒れるなぁ……)  菊池は、まだ昼には少し早い時間だったが、門脇との昼食を諦めて学食へと歩いて行った。
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