第3話 菖蒲・3

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「あれ? 紫外線のことじゃないのなら、一体、何に気を付けろってことですか?」  美羽が尋ねた。 「あれだ」  おもむろに家永が、池のふちをぐるりと取り囲みベンチの傍にまで置かれた菖蒲を指さした。 「あれって……あやめ?」 「君の目は節穴か」  即座に否定された。  家永が美羽の傍に立っている所為か、なんとも冷ややかに見下されているような気がする。 「……ぬーん……」  どう見てもあやめを指さしたように思えたのだが。  不正解と言われて居心地悪そうに、美羽はベンチから家永を見上げた。 「あれは、ではなくだ」 「分っかんないわよぉ!」  美羽は、軽く沸点に達した。ここにちゃぶ台があったら、軽くぶん投げていたレベルだ。 「花びらを見たら分かるじゃないか」  美羽がそこまで怒る意味が分からずに、意外そうに家永が言う。 「はあ? あやめも菖蒲もおんなじ形じゃないのよぉ!」 「形ではない。模様だ」 「模様?」  美羽は身を乗り出して目を細め、一番近くの菖蒲を見た。  一体、何が違うのか? 「名前の由来にもなっているが、花びらに文目(あやめ)の筋模様が入っているのが。ないのは菖蒲だ」 「……なるほど」  確かに今見ている菖蒲には、文様はない。  ようやく美羽は得心がいった。 「ん? ますます分からない。それで、どうして気を付けなくちゃいけないの?」 「時期的に花弁にナメクジが付く」 「きぃやぁぁぁぁぁ!」  美羽が人生で2番目の大きな悲鳴を上げた。  幸い、ベンチから少し離れた位置に菖蒲が置かれているので、花弁を触りこそしなかった。 「あぁぁ、触らなくて良かったー……」  という美羽に、やはりいまだ怪訝な表情の家永が居る。 「あ……もしかして、まだ、何か?」  その表情にまだ蘊蓄が(何か)あるのかと、うんざりした様子で美羽が訊いた。 「……今は日が高くなっているから、ナメクジは日陰に避難している筈だ」 「え……?」  言われてみれば、菖蒲の方からテラテラとぬめった跡がこちらまで続いている。日陰のある藤棚、ベンチの下まで。  美羽の顔から血の気が引いた。 「ま、まさか……!?」  がばっと立ち上がったかと思ったら、次はかがんでベンチ座面の裏を見た。 「……っ……!」  美羽は今度こそ、人生で一番の悲鳴を上げた。
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