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第1話 桜・2
「たーだーいまぁ」
呑気な声で家永研究室のドアを開けると、
「んー……おかえり」
どうでもよさげな、それでいてちゃんと家永は門脇に返事をしていた。
ただ問題なのは、その位置だ。
まだ新学期も始まったばかり。
意気揚々と研究室に来たものの、特にすることもない。門脇は暇だった。
「まだ昼にはかなり早いけど、購買部でなんか買ってくるな」
と家永に声をかけて、買い出しに出かけたのだ。
その時とほぼ同じ姿勢で、モニターに向かっている。
(購買部に行く途中で菊池に会って、カフェテラスで一緒にコーヒー飲んで、それから昼飯の買い出しして……)
いつも以上に賑わう大講堂で、新入生挨拶をチラ見して帰って来た。
所要時間は、約一時間。
その間、家永は1mmも動いてなさそうだ。
家永晃一准教授の専攻は生物学。淡いブラウンのややウエーブがかかっているくせ毛の青年だった。門脇が「得だな」と思うのは、多少乱れていても手で少し梳いた程度でいい感じにまとまる髪質だ。いつも資料や実験と睨めっこしている所為か視力はあまりよくない。常に眼鏡をかけている。それで優しそうで知的な雰囲気があって、何かと人に相談されやすい。家永は専門の理科知識で辛辣なアドバイスしかしないが、かえってそれが的確で良いと評判だ。よその学部の教官たちとも仲良く、頼りにされている。それで32歳の若さで准教授になっていると思われた。研究熱心なのはいいことだが、自分の身体を顧みない所もあった。
(腰痛になりそう)
さっきと同じ姿勢の家永に、門脇は
「先生、少しは体動かせよ」
と、ぶっきらぼうに言ってみた。
「少しなら、動かした」
「動かした部位って、指とか目とかじゃねえか?」
「……」
黙った所を見ると、当たったらしい。
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