第三話 菖蒲・6

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(北野君、なんて悪趣味な!)  思わず大奈が顔を顰めていた。 (美羽の前に、あの子をぶつけてくるなんて!)  北野が聞いたなら、「誤解だ、近藤さん!」と慌てふためいて主張しただろう。  最終審査の番号は、エントリー順に割り振られる。単に正田彩子が他の候補者よりかなり後にエントリーしただけ。これは意図的ではなく、偶然なのだ……と。  だが、ミスコンの一次審査から正田彩子が御前崎美羽を敵視していることはかなりの人間に知られている。そんな噂に尾ひれどころか尻びれ胸びれまでついて、面白がって見に来ている輩も多い。観客は、この順番だけでも盛り上がった。 (……。相変わらず羨ましい太腿ね)  ステージ裏から回り込んだ所為で、近藤大奈がステージ真下に出られた。  結果としてステージに立つ正田彩子の腿というのもはばかられそうな細く長く美しい脚を見て、その隙間に、北野への怒りを忘れて羨望のまなざしを送った。  ランウェイの先端にスタッフが用意したマイク片手に、正田彩子は 「うちの特技は、食べらる(食べられる)草とそうっちゃない(そうでない)草を見分けること!」  と言いきった。 「……は? あの?」  審査員席の隣に控えていた実行委員の北野が、聞き間違いかと戸惑う。それは北野だけではない。会場のあちこちで、さざ波のようなざわめきが起こった。  そんなあちこちで疑問符浮かぶ会場を目にしながらも、 「メジャーな所だと、セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ……いわゆる春の七草は食べらる(食べられる)! 反対に秋の七草は、葛は根っこなら粉にして食べらるっけど基本観賞用だからいっちょん(全然)食べられん。そこらに生えている草でなら、ヨモギ、タンポポ、ヒメジオン。ツメクサはアカもシロもいける。カラスノエンドウ(ピーピーマメ)や藤の種みたいなマメ科植物は大抵食べらるっと。でも、マメ科特有の腹下し物質が入っているけん、火をよーく通すことが肝心っちゃ。キノコなら、極彩色のテングタケは猛毒やが、似たような派手な色でもタマゴタケは食べらるっと(食べられる)よ!」  立て板に水。一気に正田彩子は語った。 「……?」  会場はキョトンとし、水を打ったように静まり返ってしまった。
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