第3話 菖蒲・6

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「きゃあ……っ!」  近藤大奈のものとも、誰のものとも分からない悲鳴が上がった。  ステージに向かってまっすぐに投げられた何かを判別する余裕はないが、反射的に正田彩子は頭を振って避けた……つもりだった。  ぶしゃぁぁぁ……!  潰れたような音と共に、炭酸の泡がシュワシュワと忙しなく吹きこぼれる。零れた液体が、ランウェイとそれを掴んだ腕とかがんだ正田彩子を濡らした。  最終講義終えて開催された野外会場に、夕日が挿す。  突然のことに驚いた会場は、静まり返った。  強気を崩さない発言に憤った一人が、彩子めがけて炭酸飲料のペットボトルを投げた。それを、急ぎランウェイによじ登り、彩子にぶつかる寸前にキャッチした者がいたのだ。  恐る恐る目を開けた彩子からは、夕日の逆光になっていて、すぐに誰だか分からなかった。  だけど、その背中には見覚えがある。 「……門脇……先輩?」  たどたどしく尋ねると 「おう」  と、門脇は振り向いて答えた。  器用に鉄骨のステージをよじ登り、腕を目いっぱい伸ばして飛びつくようにキャッチしたため、力の加減は失敗した。  炭酸に対応した固めの丸いペットボトルといえど、門脇の驚異の握力でいびつな形になっていた。キャップからは泡が中身の液体と共にブクブクと吹き出している。  ややして、会場は正気を取り戻しつつあった。 「腹立つのは分かるけど、炭酸は投げんな! ペットボトルが破裂しちまったら洒落になんねえだろ!」  門脇はステージに駆け寄った北野に、いまだ泡をブクブクと吹き出し続ける500mlペットボトルを、ぽいっと投げ渡した。  門脇の一喝に (炭酸でなくても、こんなもの投げないで欲しい……)  これが当たってたら……、と北野は鳥肌が立った。 「正田。お前もお前。トリカブト食ったら死ぬって、草オタクじゃなくても分かるっつーの」  と、ついでのように門脇は彩子を窘めた。  夕日がまぶしいのか、彩子は目を細めて、 「……これで二度目っちゃが」  ぼそりと呟く。 「うん? 何が?」  彩子の言葉の意味が分からずに、門脇が尋ねた。 「助けてもらったの……。やっぱ、門脇先輩はうちのヒーローやったとよ……」  こみ上げてくる嬉しさを押さえるかのように、彩子は口元を両手で覆った。
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