第3話 菖蒲・6

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(ヒーロー……? 意味が分からん)  ステージ下では北野が、「門脇君、次の被害が出ないようにそのまま正田さんを退場させて!」と一生懸命アピールしている。  それ以上この場では聞けないと、門脇は判断した。  それよりも、掴んだ弾みで溢れた炭酸飲料が自分の腕を濡らしていることが気になった。 「きしょい。ベッタベタする」  門脇が無造作にぶんぶんと腕を振ると 「ぎゃー!」 「うわぁ!」  液体が飛び散って、ステージ下ではその飛沫がかかった学生が叫んでいた。門脇がしたことは、炭酸飲料の被害者をものの見事に増やしただけだった。  だが、叫びはするものの、誰一人門脇に面と向かって文句を言う者はいない。 (さすがは門脇君ね……)  暴君っぷりが浸透している。  現ミス・御前崎美羽の彼氏ということで、門脇も色々と注目される存在だ。 「正田。お前も髪に炭酸かかって気持ち悪いだろ? 家永研究室に来たら流しもあるし、タオルくらいなら貸せる。来るか?」 (タオル貸すのは家永先生だけど、な)  そう言うと、門脇はランウェイに手をつき、そこから軽やかに跳び下りた。  さっきまでの好戦的態度は消え失せ、 「もちろん、行くきにー(行くからねー)!」  と彩子は、ステージ下の門脇に愛想よく手を振っている。そしてスキップでもしかねない軽い足取りで、さっさと退場した。  ステージ下に舞い降りた門脇は、そこで近藤大奈の存在に気付いた。 「近藤。こんなとこに居たのか」 「門脇君、ナイスだよ! もう一時はどうなることかとヒヤヒヤしてた。良かったー、門脇君が来てくれてて」  ようやく安堵の息を吐くことができた大奈は、ここぞとばかりに門脇を褒めちぎった。 「予選は全然見に来ていなかったのに。さすがに最終審査は気になって見に来たの? なんだかんだ言っても、美羽の彼氏だもんね」  安心してはしゃぎ気味に大奈が言うが、 「いや。俺は家永先生を探しに来ただけ」  門脇は予想外の返事をした。 「は?」  大奈の笑顔が、困惑で固まった。
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