第3話 菖蒲・6

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「購買部に何か食いもん買いに行ったはいいが、なかなか帰ってこないんで、先生を迎えにここまで来たんだが……」  そこで門脇は、中庭隅の花壇の煉瓦部分に腰掛け、購買部で買ったアンパンを齧っている家永を指さした。  中庭を通らないと理科学教棟には帰れない。だが、なかなか人がはけそうにない。ミスコンにもそんなに興味ない。  暇と空腹で、研究室に帰るまで我慢できなかったのだろう。 (相変わらず、家永先生のお世話焼きに忙しいのね……) 「ま、そんな訳で家永先生には会えたんだが、肝心の先生が帰りたがらねえ。しかも『あの子、このままだとなんかやらかしそうだから守ってやってくれ』なんて言うもんだから、意味分かんねえと思いながらも、このすっげぇ人込みかき分けて、前の方で待機してた」 (そう言えば……)  大奈は思い出した。  彩子へ一斉砲火した罵声に混じって、「どけ」という怒鳴り声も聞こえた気がする。 (門脇君が人込みかき分けてた時の、怒鳴りちらかした声だったのね……)  ステージに近付くにつれ、人の込み具合も密になる。だが、門脇に怒鳴られて退かないツワモノも居ない。 「あー、そう……」  近藤大奈は、当たり障りのない受け答えをするだけだった。 +++++  正田彩子がランウェイから戻ると、既に御前崎美羽はステージ脇の観客からはギリ見えない位置で控えていた。  いよいよラスト。美羽の出番である。  実行委員スタッフの女子に呼ばれ、途中からだったが美羽もさっきの騒ぎを目の当たりにした。もちろん、彩子が門脇に助けられたのも。  彩子が歩く度に炭酸飲料が髪から滑り落ち、ぽたぽたと床に垂れる。着ているのがラッシュガードで良かった。きっと洗えば落ちる。およそ左半分は髪も服も返り血みたいな模様になって本来の色を変えていた。門脇も言っていたが、炭酸飲料に含まれる糖分できっとベタベタしていることだろう。  そんな悲惨な状況だったのに、彩子自身は妙に浮かれている。
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