第3話 菖蒲・6

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(あれだけの騒ぎになっちゃったのに……。なんでこの人、こんなにゴキゲンなんだろ?)  ステージを下りようとする彩子を美羽がなんとなく目で追っていると、不意に彩子が 「も、門脇先輩……、大好きぃ……!」  堪えきれない様子で、うっとりと呟いた。 「はあ?!」  聞き捨てならぬと、美羽が目を剥く。  咎めるような声が聞こえ、彩子はようやくステージ脇に美羽が控えていたのに気付いた。 「あ、パイオツカイデー」 「誰がトウカイテイオーよ。これは、ナリタブライアンのコスだっちゅーの!」  美羽が言い返すものの、傍にいた実行委員女子は 「ミス、空耳が過ぎます……」  と半ば呆れて突っ込んだ。 「あ、それよりも……ねえ、正田さん。あなた、高校の頃から私達より二個下の後輩って聞いたわ。その時に私、何かした? 全く身に覚えはないんだけど」  改めて聞く美羽に、彩子は 「うふふ」  と含み笑いを返した。 「うちぁ(私は)、やっぱ諦めんことに決めたっちゃ」  謎の宣言に、美羽は 「何を?」  と聞き返した。 「門脇先輩」 「はあ?!」  またもや美羽は大きくて愛らしいアーモンドアイ()を、さらに大きく見開くことになった。 「ミス慶秀大はあんたに譲るけんが(けど)、門脇先輩は譲らんっとよ」 「ちょ、待っ……! 何ぃ?!」  先ほどの宣言は、宣戦布告だったのだ。  それに気付いた美羽が「ちょっと、ますます聞き捨てならないわ! 待ちなさいよ!」と彩子の腕を掴もうとしたが、彩子は器用にその手を躱した。 「御前崎先輩には色々と嫌な思いさせて、ごめんちゃ。そのうちお詫びに伺うけんが、今はゆっくりできんきに(できないの)うちゃ(私は)、門脇先輩にお誘い受けた()よ。やけん(だから)早よ(早く)家永研究室に行きたいっちゃが」  天然なのか。  どこかマウント取る口ぶりに、美羽がムキになって彩子を捕まえようとする。だが、するりするりと彩子は上手に躱すばかりだ。  そうこうしているうちに、北野ご自慢の音響設備から野外会場に響き渡る「うまひょい伝説」が流れ始めた。美羽が今回のコスに合わせて選んだ曲だ。 「出番です、ミス・馬娘!」  実行委員女子にぐいと背中を押されて、美羽はステージに立たされた。 「ちょ……、まだ聞きたいことがあるのにー!」  美羽は叫んだ。  だがそれは、自ら選んだBGMと美羽を待ち焦がれていた大きな歓声にかき消されて、正田彩子に届くことはなかった。ccb96063-b9ef-48f5-a4e5-3899133d07d9
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