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「論文、行き詰っているのかよ?」
と聞くと、
「まさか。〆切は来年の1月だ」
即答が返ってきた。
(じゃあ、なんでそんなに根詰めてやってんだ?)
家永が金を出すので惜しまず買ったレジ袋を、研究室の真ん中に置いてある長机の上にがさっと置く。
昼食にはまだ早いが、多分、家永はロクな朝食を摂ってなさそうだ。
研究室の一角に置かれたコーヒーサーバーは、朝、来た時に入れたまま。流しは使われた形跡もないし、家永の足元のゴミ箱にはただの紙屑だけ。何か食べたような形跡はない。
つくづく
(購買部で色々買って良かった)
と思う門脇に、ふと
「……あ。そうか、第三土曜の為か」
思いついた言葉が、口をついてでてきた。
門脇の言葉に、家永は是も非も言わずにポーカーフェイスでモニターを見つめている。
(知己先生に会うためか)
学生時代の家永の親友・平野知己に会う日が近付いている。
その時間を捻出するために、家永は実験や論文のスケジュールをやや早めることがままあった。
「知己先生、ここに遊びに来ないのか?」
「そうだな。この間会った時には、『手を焼いてたやつらが卒業した』と言ってたからな。『今年は、少し心に余裕出来そうだ』と言っていたぞ」
「へえ……」
平野知己は、門脇の高校時代の理科教師である。そして家永晃一とここ・慶秀大学で学生時代を過ごし、その時からの親友でもある。大学卒業後には、知己は高校教師として門脇の学校に赴任し、家永は大学に残って研究職に就いた。お互いに卒業してからも会うのが習慣になっていて、よほどのことがない限り月に一度は会うようにしている。
それが第三土曜日だ。
平野知己は、黒髪に黒い瞳のストイックな感じの美形だったが、それ以上に無駄に面倒見の良い性格。それが災いし、なぜか男にモテていた。門脇も、もれなくその一人で、現実でも夢の世界でも何度となく知己のお世話になっている。
「以前の平野だったら、出張帰りに寄ることもあったが……」
そこまで言うと、家永はチラリと門脇を一瞥した。
「門脇君が居たら、来るものも来ないかもしれないな」
「俺の所為にするなよ。また『人手が足りない』って言って、呼び出せばいいじゃねえか」
他意なく門脇が言うと
「そうだな。必要に応じて考えるとする」
感情込めずに家永は答えた。
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