第3話 菖蒲・7

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 さっきまで彩子が髪を洗ってた流しから門脇は水を汲むと、研究室備え付けのコーヒーメーカーに注ぎ入れた。 「あ、いい香り……」  着替え終わり小部屋から出てきた彩子は、たちこめてきたコーヒーの香りに笑顔を向ける。そして巻いていたタオルをほどき、髪を拭きながら、ポテトチップスを食べている家永の所にやってきた。 「流しとタオルば貸してもろうて、助かりました」 「大したことじゃない。それよりも島原んしゅ(島原の人)も食うか?」  パーティ開きのポテトチップスを家永から差し出され、彩子はパイプ椅子に座ると1枚摘まんだ。 (島原んしゅ(島原の人)……)  わずかに彩子の表情が動いた気がしたが 「いただきます。うちも、ポテチすいとーと(好きなの)よ」  というと、パリっと軽快な音を立ててポテチを咀嚼した。  ほどなく門脇も二人のいる長机に三人分のコーヒーを入れてやってきた。 「ありがとうございます」  家永と門脇はマイカップに、彩子には紙コップにコーヒーを入れて渡した。 「それで……家永先生は、どこまでうちんごと(私のこと)分かっちょうと(分かっているの)?」  笑顔は絶やさずに彩子が訊く。 「どこまで……とは?」  先程、「島原んしゅ」と言い当てられたこともある。 「しらばっくれても、ダメっちゃん。ここに来る前に門脇先輩に聞いたっちゃよ。うちん(私の)事『守ってやれ』って言ったの、家永先生っちね」  多分、これは誘導されているのだろうなと自覚しつつも、彩子は家永に尋ねるのをやめられなかった。 「正直、君のことはよくは分からないが……」  家永は前置きした後、 「君のお兄さんのことなら、よく知っている」  と答えた。 「お兄さん?」  突然の人物の話に、門脇が聞き返した。 「昨年……いや、一昨年だったか? ここの卒業生だ」 「めちゃ、あやふやじゃねえか。どこが『知ってる』んだ?」  門脇が突っ込みつつも 「あ! もしかして正田先輩か?」  不意に思いつく人物の名を上げ、家永もそれに頷いた。 「それなら去年の卒業生だ。家永研究室だったから、俺だって分かる」  言われてみれば目のつり上がった所や一重まぶた、ひょろひょろと背が高い所や島原出身で方言が抜けない所など、彩子と共通点が多い。  家永は咳ばらいをすると 「……そう。その正田通信(みちのぶ)君だ。」  改めて答えた。
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